パリに長居(?)した土曜日
以前も書いたが、オペラまで電車で30分もかかるパリ郊外に住んでいるので、一度パリに出るとなると、少なくとも3つは用事を作るようにして(映画1本見るのも用事一つに数えるけど)、なるべく移動に無駄がないようにする。
この土曜は、パリの14,15区にうまく用事をまとめたぜ~、と人から見たら、それがどうした?な、段取りに自己満足。
まずは、旅行者向けサイト用に、14区で毎週土曜日に行われるオーガニック市場の取材。パリ市のサイトには100%オーガニック、なんてあったけど、魚屋が出ていたぞ。全部養殖って、あり得る?
それから、15区の見本市会場、ポルト・ド・ベルサイユに。所属している大江戸助六流和太鼓真の精鋭メンバーが、旅行見本市の日本ブースで演奏するので、私はそのお手伝い。約束の時間まで、間があったので、朝作って持ってきたサンドウィッチを会場外で食べる。高くてまずいサンドウィッチをしかも並んで買う、という事態を避けるため、人とランチの約束がない時はたいてい、お弁当持参で出かけるのだ。紅茶入りポットとか、パック入りジュースなんかも持ち歩くので、荷物が重くなり、腰痛の原因になる、っていうデメリットもあるが。
日本ブースで、和太鼓教室のロゴ入りTシャツに着替え、セッティングを手伝っていると、和太鼓の美しさに魅かれるのか、みるみる人だかりが。演奏が始まり、メンバーの名前の声掛けをしようと思ったのだが、いつの間にか舞台奥に入ってしまい、人だかりのせいで出られなくなり、奥から声掛けも変だよな、と諦める。演奏が終わり、メンバーが一礼したところで、客が散る前にと慌てて教室案内のビラを配る。と、心配するまでもなく、たくさんの人が、「ちょうだい、ちょうだい!」と手をのばしてきて、中には、「稽古場所はどこ?時間はいつ?」と熱心に質問して来る人までいた。
その後、同じ見本市会場の他のパビリオンで行われているブック・フェアへ。午後15時近いのに、入口には列ができていた。活字離れと言われつつ、老いも若きもたくさんの人がブック・フェアに来る様子を見て、少しうれしくなる。ま、漫画やコスプレショー目当ての若者も中にはいるだろうけど。
今年は日本人作家がかなり招待されていて、日本コーナーが会場奥に広く用意されており、<コミック>、<文学>という具合にテーマ別に本が積まれていた。仏語翻訳本に混じって、原語版(つまり日本語の本)も置いてあり、「お!」と手に取るも、円の定価を見ると、シールで貼られているユーロの定価は3倍近い・・。日本に戻った時に買おう、荷物も重くなるし、と諦める。

<サロン・デュ・リーブル会場>
お目当ての萩尾望都先生の講演会は、その前に同じ会場でコスプレ・ショーが行われ、それが長引き、なかなか始まらない。講演会はポンピドー・センターの合同インタビューで同席した、アニメランド誌の編集長Olivier Fallaixが司会進行役。マンガおたくで(職業柄当然か)、上手に話の流れを導いていた。前日に行われたフランス人SF漫画家メジエールと萩尾先生の対談にも興味があったが、行けなかったのだが、それを見た人が、「司会が下手で、面白くなかった」!司会者の役割ってけっこう、大事なんだわ。同時通訳の人、萩尾先生が『トーマの心臓』のヒントになったと仰ったフランス映画『寄宿舎(悲しみの天使)』(ジャン・ドラノワ監督 64年)の原題Les amitiés particulièresを知っていて、驚く。すごい映画通?事前打ち合わせしていた可能性もあるけど。
さて、ここに来れば買える!と思っていた、単行本の最新刊『なのはな』は、売っておらず、ただ、萩尾先生の本を買うと、サインしてもらえる上に、短編『なのはな』の仏訳がプレゼントされるとのこと。しかし、置いてあった作品は、全て、私がすでに持っている物だった(ファンですから)。日本語版を読まないうちに仏訳を読むのもイヤだし、これも日本に帰った時に購入しよう、と何も買わなかった。サインは前回、いただいているし。
締めくくりは、日仏家族の会のママ食事会への出席。同じ15区にありながらも、見本市会場から遠く、地下鉄を乗り継ぎ、たどり着いた韓国料理屋は、食事をするとカラオケが1時間無料になるという、最近できたらしい店。ママ8人集まって、韓国ビールを飲みながら、けっこうな量の食事を頼み(全てたいらげた)、それにしては会計は安かったね、とみんな満足げ。カラオケは「アニメソングがないじゃん!」と腹が立つが、『なごり雪』とか『恋の季節』とか『イエスタディワンスモア』とか懐メロを歌ってまあ、満足。若いママたちは、嵐の曲とか、最近のものをよく知っていて、驚いた。YouTubeのおかげね。
夜は郊外電車の数が減るので、店を割りと早い時間に出たにも関わらず、帰宅したのは0時少し前、朝、家を出たのが、11時前だったから、ずいぶんパリに長居(?)した日であった。
この土曜は、パリの14,15区にうまく用事をまとめたぜ~、と人から見たら、それがどうした?な、段取りに自己満足。
まずは、旅行者向けサイト用に、14区で毎週土曜日に行われるオーガニック市場の取材。パリ市のサイトには100%オーガニック、なんてあったけど、魚屋が出ていたぞ。全部養殖って、あり得る?
それから、15区の見本市会場、ポルト・ド・ベルサイユに。所属している大江戸助六流和太鼓真の精鋭メンバーが、旅行見本市の日本ブースで演奏するので、私はそのお手伝い。約束の時間まで、間があったので、朝作って持ってきたサンドウィッチを会場外で食べる。高くてまずいサンドウィッチをしかも並んで買う、という事態を避けるため、人とランチの約束がない時はたいてい、お弁当持参で出かけるのだ。紅茶入りポットとか、パック入りジュースなんかも持ち歩くので、荷物が重くなり、腰痛の原因になる、っていうデメリットもあるが。
日本ブースで、和太鼓教室のロゴ入りTシャツに着替え、セッティングを手伝っていると、和太鼓の美しさに魅かれるのか、みるみる人だかりが。演奏が始まり、メンバーの名前の声掛けをしようと思ったのだが、いつの間にか舞台奥に入ってしまい、人だかりのせいで出られなくなり、奥から声掛けも変だよな、と諦める。演奏が終わり、メンバーが一礼したところで、客が散る前にと慌てて教室案内のビラを配る。と、心配するまでもなく、たくさんの人が、「ちょうだい、ちょうだい!」と手をのばしてきて、中には、「稽古場所はどこ?時間はいつ?」と熱心に質問して来る人までいた。
その後、同じ見本市会場の他のパビリオンで行われているブック・フェアへ。午後15時近いのに、入口には列ができていた。活字離れと言われつつ、老いも若きもたくさんの人がブック・フェアに来る様子を見て、少しうれしくなる。ま、漫画やコスプレショー目当ての若者も中にはいるだろうけど。
今年は日本人作家がかなり招待されていて、日本コーナーが会場奥に広く用意されており、<コミック>、<文学>という具合にテーマ別に本が積まれていた。仏語翻訳本に混じって、原語版(つまり日本語の本)も置いてあり、「お!」と手に取るも、円の定価を見ると、シールで貼られているユーロの定価は3倍近い・・。日本に戻った時に買おう、荷物も重くなるし、と諦める。

<サロン・デュ・リーブル会場>
お目当ての萩尾望都先生の講演会は、その前に同じ会場でコスプレ・ショーが行われ、それが長引き、なかなか始まらない。講演会はポンピドー・センターの合同インタビューで同席した、アニメランド誌の編集長Olivier Fallaixが司会進行役。マンガおたくで(職業柄当然か)、上手に話の流れを導いていた。前日に行われたフランス人SF漫画家メジエールと萩尾先生の対談にも興味があったが、行けなかったのだが、それを見た人が、「司会が下手で、面白くなかった」!司会者の役割ってけっこう、大事なんだわ。同時通訳の人、萩尾先生が『トーマの心臓』のヒントになったと仰ったフランス映画『寄宿舎(悲しみの天使)』(ジャン・ドラノワ監督 64年)の原題Les amitiés particulièresを知っていて、驚く。すごい映画通?事前打ち合わせしていた可能性もあるけど。
さて、ここに来れば買える!と思っていた、単行本の最新刊『なのはな』は、売っておらず、ただ、萩尾先生の本を買うと、サインしてもらえる上に、短編『なのはな』の仏訳がプレゼントされるとのこと。しかし、置いてあった作品は、全て、私がすでに持っている物だった(ファンですから)。日本語版を読まないうちに仏訳を読むのもイヤだし、これも日本に帰った時に購入しよう、と何も買わなかった。サインは前回、いただいているし。
締めくくりは、日仏家族の会のママ食事会への出席。同じ15区にありながらも、見本市会場から遠く、地下鉄を乗り継ぎ、たどり着いた韓国料理屋は、食事をするとカラオケが1時間無料になるという、最近できたらしい店。ママ8人集まって、韓国ビールを飲みながら、けっこうな量の食事を頼み(全てたいらげた)、それにしては会計は安かったね、とみんな満足げ。カラオケは「アニメソングがないじゃん!」と腹が立つが、『なごり雪』とか『恋の季節』とか『イエスタディワンスモア』とか懐メロを歌ってまあ、満足。若いママたちは、嵐の曲とか、最近のものをよく知っていて、驚いた。YouTubeのおかげね。
夜は郊外電車の数が減るので、店を割りと早い時間に出たにも関わらず、帰宅したのは0時少し前、朝、家を出たのが、11時前だったから、ずいぶんパリに長居(?)した日であった。
萩尾望都がパリに来た!
ポンピドーセンターで、日本のマンガをテーマにしたイベントをやる、と聞いたので、サイトを覗き、プレス用資料をチェックしていると、そこにMoto Hagioの名前が!え、萩尾望都がパリに来る?
こう見えても(?)私は、40年近く、モー様のファンである。初めて読んだ作品は『小夜の縫うゆかた』。別冊少女コミックは小学生から定期購読していたので、『ポーの一族』、『11人いる』もリアルタイムで読んでいるのだ。ちなみに一番好きな作品は『ゴールデン・ライラック』。カレーから戻って来たビリーを、スティーブンス男爵が訪ねる名場面は、何度読み返しても、感動モノ。『訪問者』のバーでの、グスタフとバッハマン刑事の会話に匹敵する“男二人の会話”の名シーンだ(勝手にランキング)。
ポンピドーのイベントをビズ・ジャポンで案内したい旨をプレス担当者にメールし、「萩尾望都、来るんですか?大ファンなんですけど」と尋ねると、「講演会があるよ」と返事が。モー様を拝顔できる!とはしゃいでいると、日本人女性の知り合いから、「ポンピドーで講演会の前に萩尾先生のティーンエイジャー向けワークショップがあるから、ビズで宣伝してほしい」とメールが。何と、彼女、今回、モー様来仏のコーディネートをしていたのだ。え~、ワークショップ行っていい?サイン頼んでいい?プレゼントお渡しできるかしら?と矢継ぎ早に質問したら、戻って来たメールが「落ち着いてください」。年甲斐もなく、興奮していたわね、確かに。
そうだ、パリのワークショップと講演会の様子を読者に伝えるのがジャーナリストの使命じゃないか、と落ち着いて取材を申し込む(単に取材にかこつけてモー様とお会いしたいだけだった、かも)。
ワークショップには、ビズの少女漫画担当のさなえさんを誘う。中学生の娘さんもワークショップに参加することになり、我らは付き添いのふりをすれば、追い出されずに済みそうである。
さて、14時にポンピドーセンター地下にあるワークショップ会場に着くと、そこにはかつて、雑誌のインタビュー記事や、『笑っていいとも!』のテレフォン・ショッキングで拝見したのと同じ顔の(当り前だ)モー様が!思ったより小柄であった。
会場には、私たち以外にも、明らかにティーンではない、ファンらしい日本人女性が、ちらほら。一人、20代なのに萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子が好き、という渋好みの人がいて、講演会が始まるまで、一緒にポンピドー内のカフェでお茶をする。
講演会は、代表作のあらすじ説明から。というのも、信じられないことにフランスではモー様の作品が翻訳されていないのである、一作も!私は、渡仏した96年から、機会あるごとに萩尾作品をフランスで出版せよ!と主張している、って単に日本人のモー様ファンを見つけては、「モー様作品の翻訳版も出さないで、芸術の国とは、聞いてあきれるぜ!」と意気投合しているだけ。いや、それだけじゃない、一度、ジャパンエキスポで、出展していた小さな出版社の社長さん(日本語が達者だった)に、「萩尾作品、出しません?」と提案したところ、「ハギオモト、ムズカシイネ」。・・フランス人のおつむには難しい、ってこと?
翌日の取材は、“Anime land”誌の編集長と、もう一人、学生さんっぽい(とても若い)どこかのサイトの編集者と私の3人。なんと、モー様は、また3月にパリ15区で行われるサロン・デュ・リーブル(本の見本市)にも招待されていて、震災後のフクシマを舞台にした短編『なのはな』を収録した単行本『なのはな』を会場で販売するという(もちろん、買いに行きます!)。さらに驚いたことに、今年のジャパンエキスポには自らブースを借りて、そこで、自作(どの作品かはこうご期待)に仏語訳を付けた、自費出版本を販売するというのだ。しかし、自費出版、って、だって、天下の萩尾望都だよ。本来ならフランスの出版社が頭下げて、うちから翻訳本を出させてください、って頼みに来るべきじゃないの?とファンなら誰でも驚くはず。だが、そんじょそこらの有名漫画家(ってへんな表現?)なら、プライドが邪魔して、自費出版なんてできないだろうに、それをさらっと、してしまうのは、まさに超一流漫画家にしかできない偉業である(ファンは盲目)。
インタビューの最後に、持参した『ゴールデン・ライラック』にサインしていただき、その後、一緒に写真をとってもらった。このブログに掲載されるべきその写真が、うちに帰って、パソコンで見てみると、なんとピンボケ。あほな私は、カメラを発光禁止モードにしていたのであった。私の人生なんてこんなものさ、とクサるが、そうだ、今年はパリでまだ、二回もモー様にお目にかかるチャンスがあるのだ(なんていい年!)。また、一緒に写真を撮っていただける可能性もあるさ、と気を取り直す。
このブログの読者のために、最後にとっておきのインタビュー秘話を。モー様は、私と同じくアラン・ドロンのファンで、「フランスには、ドロンみたいなハンサムがたくさんいると信じていたので、ちょっとがっかり」とおっしゃった。これって、私が常々言っていることじゃない。そう、去年の大晦日のパーティでも思わず、3人のフランス人男性(夫を含む)を前にして、つい口から出た台詞だ、シャンペンとワインの酔いも手伝って。私とモー様って同じ感性を持っているのよ!と人に自慢して歩きたい気分である。

(ツーショット写真の代わりに、いただいたサインを披露)
こう見えても(?)私は、40年近く、モー様のファンである。初めて読んだ作品は『小夜の縫うゆかた』。別冊少女コミックは小学生から定期購読していたので、『ポーの一族』、『11人いる』もリアルタイムで読んでいるのだ。ちなみに一番好きな作品は『ゴールデン・ライラック』。カレーから戻って来たビリーを、スティーブンス男爵が訪ねる名場面は、何度読み返しても、感動モノ。『訪問者』のバーでの、グスタフとバッハマン刑事の会話に匹敵する“男二人の会話”の名シーンだ(勝手にランキング)。
ポンピドーのイベントをビズ・ジャポンで案内したい旨をプレス担当者にメールし、「萩尾望都、来るんですか?大ファンなんですけど」と尋ねると、「講演会があるよ」と返事が。モー様を拝顔できる!とはしゃいでいると、日本人女性の知り合いから、「ポンピドーで講演会の前に萩尾先生のティーンエイジャー向けワークショップがあるから、ビズで宣伝してほしい」とメールが。何と、彼女、今回、モー様来仏のコーディネートをしていたのだ。え~、ワークショップ行っていい?サイン頼んでいい?プレゼントお渡しできるかしら?と矢継ぎ早に質問したら、戻って来たメールが「落ち着いてください」。年甲斐もなく、興奮していたわね、確かに。
そうだ、パリのワークショップと講演会の様子を読者に伝えるのがジャーナリストの使命じゃないか、と落ち着いて取材を申し込む(単に取材にかこつけてモー様とお会いしたいだけだった、かも)。
ワークショップには、ビズの少女漫画担当のさなえさんを誘う。中学生の娘さんもワークショップに参加することになり、我らは付き添いのふりをすれば、追い出されずに済みそうである。
さて、14時にポンピドーセンター地下にあるワークショップ会場に着くと、そこにはかつて、雑誌のインタビュー記事や、『笑っていいとも!』のテレフォン・ショッキングで拝見したのと同じ顔の(当り前だ)モー様が!思ったより小柄であった。
会場には、私たち以外にも、明らかにティーンではない、ファンらしい日本人女性が、ちらほら。一人、20代なのに萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子が好き、という渋好みの人がいて、講演会が始まるまで、一緒にポンピドー内のカフェでお茶をする。
講演会は、代表作のあらすじ説明から。というのも、信じられないことにフランスではモー様の作品が翻訳されていないのである、一作も!私は、渡仏した96年から、機会あるごとに萩尾作品をフランスで出版せよ!と主張している、って単に日本人のモー様ファンを見つけては、「モー様作品の翻訳版も出さないで、芸術の国とは、聞いてあきれるぜ!」と意気投合しているだけ。いや、それだけじゃない、一度、ジャパンエキスポで、出展していた小さな出版社の社長さん(日本語が達者だった)に、「萩尾作品、出しません?」と提案したところ、「ハギオモト、ムズカシイネ」。・・フランス人のおつむには難しい、ってこと?
翌日の取材は、“Anime land”誌の編集長と、もう一人、学生さんっぽい(とても若い)どこかのサイトの編集者と私の3人。なんと、モー様は、また3月にパリ15区で行われるサロン・デュ・リーブル(本の見本市)にも招待されていて、震災後のフクシマを舞台にした短編『なのはな』を収録した単行本『なのはな』を会場で販売するという(もちろん、買いに行きます!)。さらに驚いたことに、今年のジャパンエキスポには自らブースを借りて、そこで、自作(どの作品かはこうご期待)に仏語訳を付けた、自費出版本を販売するというのだ。しかし、自費出版、って、だって、天下の萩尾望都だよ。本来ならフランスの出版社が頭下げて、うちから翻訳本を出させてください、って頼みに来るべきじゃないの?とファンなら誰でも驚くはず。だが、そんじょそこらの有名漫画家(ってへんな表現?)なら、プライドが邪魔して、自費出版なんてできないだろうに、それをさらっと、してしまうのは、まさに超一流漫画家にしかできない偉業である(ファンは盲目)。
インタビューの最後に、持参した『ゴールデン・ライラック』にサインしていただき、その後、一緒に写真をとってもらった。このブログに掲載されるべきその写真が、うちに帰って、パソコンで見てみると、なんとピンボケ。あほな私は、カメラを発光禁止モードにしていたのであった。私の人生なんてこんなものさ、とクサるが、そうだ、今年はパリでまだ、二回もモー様にお目にかかるチャンスがあるのだ(なんていい年!)。また、一緒に写真を撮っていただける可能性もあるさ、と気を取り直す。
このブログの読者のために、最後にとっておきのインタビュー秘話を。モー様は、私と同じくアラン・ドロンのファンで、「フランスには、ドロンみたいなハンサムがたくさんいると信じていたので、ちょっとがっかり」とおっしゃった。これって、私が常々言っていることじゃない。そう、去年の大晦日のパーティでも思わず、3人のフランス人男性(夫を含む)を前にして、つい口から出た台詞だ、シャンペンとワインの酔いも手伝って。私とモー様って同じ感性を持っているのよ!と人に自慢して歩きたい気分である。

(ツーショット写真の代わりに、いただいたサインを披露)
ハムスターのお墓
9歳の息子が、夜、「オレ、死にたい」と泣き出し、驚いて覗きに来た夫にも、フランス語で、同じことを繰り返した。その時、息子に読み聞かせをしていたのだが、発達障害の特徴の一つで、息子は文章(文字)を読むことはできても、その内容が把握できない。日常でよく使う単語でさえ、意味が分からなかったりする。それで、時々、読み聞かせの最中に、言葉や短い文章を選んで、「これどういう意味?」と確認することにしている。その夜は、一度、説明した言葉がまた出て来たので意味を尋ねたところ、考えようともせず、「知らん!」と言ったので、叱った。それで泣き出したのである。それが引き金になって、「クラスのみんなもオレの話を聞いてくれない。ママも同じだ」と言って泣きじゃくる。
息子は独り言が多く、自分の興味のあることしか話さず、他人と会話を紡ぐことができないので、友達が一人もいない。そんな自分を悲しく、寂しく感じるようになって来たようだ。さんざん泣いた後に「・・オレ、ハムスターがほしい」。以前、息子のセラピーにも役立つから犬を飼おう、と私が言った時、夫の第一声は「ヴァカンスの時、どうするんだ?」。さすがフランス人である。ヴァカンス以外でも毎日、散歩させなければいけなかったり、と犬は手間がかかる。知人が「うちの犬はやたら病気になってたいへん」とこぼすのを聞いたこともあるし、結局、世話をするのは私になりそうだし、と、私も固執しなかった。その後、犬に比べれば世話をするのが楽なハムスターは?と提案した時も、「ハムスターの病原菌から子どもが病気になる」、とか「アレルギーの原因になる」、とか、夫はネガティブなことばかり言う。要するに動物が嫌いなのだ。
しかし、今回は夫も息子のことが心配になったらしく、「自分が世話をしないと死んでしまう存在がある、っていうのは息子にとって生きる励みになるかも」と私が言うと、納得した様子で、その翌日に、ハムスター飼育のマニュアル本まで買って来た。
息子は、それをうれしそうに読みながら、「名前はハム太郎にする」!。
週末に近くのショッピングセンター内のペットショップへ出かける。
息子は白黒のオスのパンダ・ハムスターを選び、その後、店員のアドバイスに従い、ケージ、えさ、わら、など必要なものを全て購入。家に帰り、ケージに床材を敷き、給水器や回し車などを設置し、お皿に餌をいれ、箱からハム太郎を中に移す。なんだかよたよたしながら、木製の小さな小屋に入り、そのまま出て来ない。ケージを息子の部屋に持って行き、ペットショップで言われたように、窓のそば、ラジエーターの前を避け、床に置く。息子は何度か覗きながら「まだ寝てる!」。「夜行性だからねぇ」なんて言って放っておいたが、夜になっても出て来ない。
そして、朝、小屋を持ち上げてみると、ハム太郎は冷たくなって死んでいたのだ。なぜ?何を食べたわけでも飲んだわけでもない。部屋が寒かったわけでもない。我が家についてすぐ、小屋に入りこんで、そのまま天国へ行ってしまったのである。夫は「ペットショップで、すでに弱っていたんだろうなぁ」。
ショックを受けるのではないかと心配であった息子はけろっとして、「パパがまた買ってくれるって」。これって、発達障害特有の情緒の未発達?ペットが死んだのにちっとも悲しまないなんて、と息子の反応にハム太郎の死以上にショックを受ける。だが、待てよ。息子はハム太郎をなでたり、餌や水を与える機会すらなく、いっしょに遊ぶ間もなかったのだ。それなら愛着がないのも当り前か。
庭の桜の木の根元に穴を掘り、ハム太郎を白いティッシュに包み、餌と、こんな時期につぼみが出ていた水仙と一緒に埋葬し、四角く切った段ボールにハム太郎の墓、と書いて立て、お線香を焚いて、息子と手を合わせる。小学校2年の冬、飼っていた犬が交通事故で亡くなり、庭の桜の木の下に埋めてやったが、翌春はその桜が例年以上に花をつけ、桜吹雪がきれいだったっけ。
ハム太郎は、あのままペットショップで死んでいたら、手厚く葬ってもらえず、名前さえないままだったろう。短い生涯だったけど、最後はちょっと幸せだったかな、と考えることにした。
息子は独り言が多く、自分の興味のあることしか話さず、他人と会話を紡ぐことができないので、友達が一人もいない。そんな自分を悲しく、寂しく感じるようになって来たようだ。さんざん泣いた後に「・・オレ、ハムスターがほしい」。以前、息子のセラピーにも役立つから犬を飼おう、と私が言った時、夫の第一声は「ヴァカンスの時、どうするんだ?」。さすがフランス人である。ヴァカンス以外でも毎日、散歩させなければいけなかったり、と犬は手間がかかる。知人が「うちの犬はやたら病気になってたいへん」とこぼすのを聞いたこともあるし、結局、世話をするのは私になりそうだし、と、私も固執しなかった。その後、犬に比べれば世話をするのが楽なハムスターは?と提案した時も、「ハムスターの病原菌から子どもが病気になる」、とか「アレルギーの原因になる」、とか、夫はネガティブなことばかり言う。要するに動物が嫌いなのだ。
しかし、今回は夫も息子のことが心配になったらしく、「自分が世話をしないと死んでしまう存在がある、っていうのは息子にとって生きる励みになるかも」と私が言うと、納得した様子で、その翌日に、ハムスター飼育のマニュアル本まで買って来た。
息子は、それをうれしそうに読みながら、「名前はハム太郎にする」!。
週末に近くのショッピングセンター内のペットショップへ出かける。
息子は白黒のオスのパンダ・ハムスターを選び、その後、店員のアドバイスに従い、ケージ、えさ、わら、など必要なものを全て購入。家に帰り、ケージに床材を敷き、給水器や回し車などを設置し、お皿に餌をいれ、箱からハム太郎を中に移す。なんだかよたよたしながら、木製の小さな小屋に入り、そのまま出て来ない。ケージを息子の部屋に持って行き、ペットショップで言われたように、窓のそば、ラジエーターの前を避け、床に置く。息子は何度か覗きながら「まだ寝てる!」。「夜行性だからねぇ」なんて言って放っておいたが、夜になっても出て来ない。
そして、朝、小屋を持ち上げてみると、ハム太郎は冷たくなって死んでいたのだ。なぜ?何を食べたわけでも飲んだわけでもない。部屋が寒かったわけでもない。我が家についてすぐ、小屋に入りこんで、そのまま天国へ行ってしまったのである。夫は「ペットショップで、すでに弱っていたんだろうなぁ」。
ショックを受けるのではないかと心配であった息子はけろっとして、「パパがまた買ってくれるって」。これって、発達障害特有の情緒の未発達?ペットが死んだのにちっとも悲しまないなんて、と息子の反応にハム太郎の死以上にショックを受ける。だが、待てよ。息子はハム太郎をなでたり、餌や水を与える機会すらなく、いっしょに遊ぶ間もなかったのだ。それなら愛着がないのも当り前か。
庭の桜の木の根元に穴を掘り、ハム太郎を白いティッシュに包み、餌と、こんな時期につぼみが出ていた水仙と一緒に埋葬し、四角く切った段ボールにハム太郎の墓、と書いて立て、お線香を焚いて、息子と手を合わせる。小学校2年の冬、飼っていた犬が交通事故で亡くなり、庭の桜の木の下に埋めてやったが、翌春はその桜が例年以上に花をつけ、桜吹雪がきれいだったっけ。
ハム太郎は、あのままペットショップで死んでいたら、手厚く葬ってもらえず、名前さえないままだったろう。短い生涯だったけど、最後はちょっと幸せだったかな、と考えることにした。
運気が悪い時はどう過ごす?
去年末から今年にかけて、何となく運気が上昇している気がして、昇り竜~、なんて喜んでいたが、1月終わり頃から急に何もかもが停滞している感じに。
1月末の剣道の試合は、散々だったし(これは想定内だけど)、あとは、連絡待ちの案件が揃いも揃って返事がない、という何ともいやな状態。取材依頼メールに返事がない、企画案を送ったのにうんともスンとも言って来ない、展示会出展料問合せのメールを送ったのに、なしのつぶて(こっちは客だぞ~)などなど。そう、ほとんどは仕事がらみのことなのだが、ダメならダメで、次を考えるのだけど、こういう“いったい、どうなのよ?”という宙ぶらりんの状態って一番いらいらして、そのうち、なんか非常にわるーい運気にはまっている、という気がして、落ち込んでくる。
何もかもが詰まって、流れない、という感じ。便秘みたい、と言っても私は便秘と頭痛には縁のない人間なので、よく分からない。もっと美しい表現を使おう。そう、凪の状態だ。じたばたしてもしょうがない、風が出てくるまで、じっと待つのじゃ、と思っていたら、心なしか、悪い方向へ動いているような気がしてきた。
こういう時は、もがけばもがくほど、深みにはまる。家にいても気分が沈んでいくだけ、と映画『TATSUMI』を見に行く、が、ここまで“希望のない” 作品だったとは・・、落ち込んでいる時に見るべき映画ではなかった。どんなに悲惨なストーリーでも、ちらりとでいいから希望の光を入れてほしいな。
病は気からではないが、お次は風邪をひき、咳が止まらず。その上、発達障害の息子が、夜、『チョコレート工場の秘密』の読み聞かせをしていたら、いきなり「おれ、死にたい」と言って泣き出した。泣きたいのはこっちだよ~、と言えないのが親のつらいところだ。
気学に詳しい人が、節分の時期は悪いことが起きやすく、ついていない人が多くて、これから立春に向けて上昇するはず、と教えてくれた。確かに、ママ友の一人から、2月2日に自宅の階段から落ちて、救急車で運ばれた、とメールが来た。幸い、骨に異常はなかったようだが、しばらくは動けないらしい。その後、IPhoneを盗まれた、とFBに知人が書いていた。厄落とし、だな。でも、私みたいにちょろちょろ悪いことが起こるのは、厄落としになってるんだろうか・・。
悪い気を払うには、掃除が一番、と、まずは、二階の息子の部屋を、時間をかけていねいに掃除し、同じく二階にある寝室、トイレ、と続けたら、咳と鼻水のせいで、前の晩に眠れなかったせいか、疲れてしまい、居間と台所と玄関は、簡単に済ませる。(玄関掃除も運気をあげるには大事なんだよね、ほんとは)。 まずは風邪をなおさねば、と掃除して、窓をあけて風を通して、気が清められた寝室で、ベッドに横たわり、“救いのなさが救い”のような『はみだしっ子』13巻を読みながら、うとうとする。すると、なんか風邪の症状も緩和され、同時に気分も軽くなった。
運の悪い時には、掃除して昼寝するのが、一番かも。少なくとも家の中がきれいになるし。
私は嫌なことが続くとついつい、ネットで、無料占いページを見てしまうが、たまたま見つけた、サイトでは「2月 九紫火星、上昇運」となっていた。当たらん。いや、これから上昇することを期待する。

1月末の剣道の試合は、散々だったし(これは想定内だけど)、あとは、連絡待ちの案件が揃いも揃って返事がない、という何ともいやな状態。取材依頼メールに返事がない、企画案を送ったのにうんともスンとも言って来ない、展示会出展料問合せのメールを送ったのに、なしのつぶて(こっちは客だぞ~)などなど。そう、ほとんどは仕事がらみのことなのだが、ダメならダメで、次を考えるのだけど、こういう“いったい、どうなのよ?”という宙ぶらりんの状態って一番いらいらして、そのうち、なんか非常にわるーい運気にはまっている、という気がして、落ち込んでくる。
何もかもが詰まって、流れない、という感じ。便秘みたい、と言っても私は便秘と頭痛には縁のない人間なので、よく分からない。もっと美しい表現を使おう。そう、凪の状態だ。じたばたしてもしょうがない、風が出てくるまで、じっと待つのじゃ、と思っていたら、心なしか、悪い方向へ動いているような気がしてきた。
こういう時は、もがけばもがくほど、深みにはまる。家にいても気分が沈んでいくだけ、と映画『TATSUMI』を見に行く、が、ここまで“希望のない” 作品だったとは・・、落ち込んでいる時に見るべき映画ではなかった。どんなに悲惨なストーリーでも、ちらりとでいいから希望の光を入れてほしいな。
病は気からではないが、お次は風邪をひき、咳が止まらず。その上、発達障害の息子が、夜、『チョコレート工場の秘密』の読み聞かせをしていたら、いきなり「おれ、死にたい」と言って泣き出した。泣きたいのはこっちだよ~、と言えないのが親のつらいところだ。
気学に詳しい人が、節分の時期は悪いことが起きやすく、ついていない人が多くて、これから立春に向けて上昇するはず、と教えてくれた。確かに、ママ友の一人から、2月2日に自宅の階段から落ちて、救急車で運ばれた、とメールが来た。幸い、骨に異常はなかったようだが、しばらくは動けないらしい。その後、IPhoneを盗まれた、とFBに知人が書いていた。厄落とし、だな。でも、私みたいにちょろちょろ悪いことが起こるのは、厄落としになってるんだろうか・・。
悪い気を払うには、掃除が一番、と、まずは、二階の息子の部屋を、時間をかけていねいに掃除し、同じく二階にある寝室、トイレ、と続けたら、咳と鼻水のせいで、前の晩に眠れなかったせいか、疲れてしまい、居間と台所と玄関は、簡単に済ませる。(玄関掃除も運気をあげるには大事なんだよね、ほんとは)。 まずは風邪をなおさねば、と掃除して、窓をあけて風を通して、気が清められた寝室で、ベッドに横たわり、“救いのなさが救い”のような『はみだしっ子』13巻を読みながら、うとうとする。すると、なんか風邪の症状も緩和され、同時に気分も軽くなった。
運の悪い時には、掃除して昼寝するのが、一番かも。少なくとも家の中がきれいになるし。
私は嫌なことが続くとついつい、ネットで、無料占いページを見てしまうが、たまたま見つけた、サイトでは「2月 九紫火星、上昇運」となっていた。当たらん。いや、これから上昇することを期待する。

“親って一体何ぞや?”と考えさせられる映画や本に縁があった2011年
親って一体、なんぞや?って、子どもを持つ人なら、一度は、考え込んだことのある命題だろうが、振り返ってみると、2011年に見た映画は、“親って何ぞや”がテーマの作品が多かったような・・。
・ある日突然、一人息子を事故で失ってしまったら、その時、親は?―『ラビット・ホール』(二コル・キッドマン主演のハリウッド映画)
・生まれた子どもに脳腫瘍があることが分かったら?親にできることは?―『La guerre est déclarée』(フランス映画)
・息子が大量殺戮犯となり、夫と娘まで殺してしまったら?―『We need to talk about Kevin』(イギリス映画)
重いな~、ちなみに、邦題は『少年は残酷な弓を射る』だって、なんだかねぇ、『ケヴィンについて』くらいでいいのに。いっそのこと、『息子は大量殺戮犯』って、ネタばれタイトルか。私は前情報全くなしで、観に行ったから衝撃が大きかったわ。
そういえば、私の大好きなダルデンヌ兄弟監督の『Le gamin au vélo』(フランス・ベルギー・イタリア合作映画)も実父に見捨てられた男の子と養母の物語だったし。
映画じゃないけど、萩尾望都の『春の小川』は母親の死を受け入れることができない少年の話であった。これは、素直に泣けました。
極めつけは、Jean-Louis Fournierの小説(というか独白文というか)『Où on va ,papa?』だな。これは2008年のフェミナ賞受賞作で、たまたま私が読んだのが去年、ってだけの話だが、あ、でも邦訳は2011年出版のはず。
身体的・知的重度障害のある二人の息子について父親が書いたものだが、きれいごとなし、諧謔的、ちょっぴりおかしくて悲痛な、魂の叫び(って陳腐な表現だけど)とでも言いましょうか。
長男が亡くなった時の、「障害のある子どもの死は、それほど悲しくないなんて思っちゃいけない、ノーマルな子が亡くなるのと同じくらい悲しいのだ」の一文で、その後、数日この本が開けなかったよ。こんな、すごい本、滅多にお目にかかれない、って、読書家ではない私が言っても説得力ないが。これ読んで、「感動をありがとう」なんて安っぽいセリフを言うヤツは引っぱたいてやりたいぜ。
ちなみに上にあげた作品、“子ども”はなぜか、み~んな男の子だ。
当然、私は、発達障害の我が息子を顧みるわけで・・、息子のことで苦労しているのは、自分だけじゃない、というごく当たり前のことを再認識したのであった。

・ある日突然、一人息子を事故で失ってしまったら、その時、親は?―『ラビット・ホール』(二コル・キッドマン主演のハリウッド映画)
・生まれた子どもに脳腫瘍があることが分かったら?親にできることは?―『La guerre est déclarée』(フランス映画)
・息子が大量殺戮犯となり、夫と娘まで殺してしまったら?―『We need to talk about Kevin』(イギリス映画)
重いな~、ちなみに、邦題は『少年は残酷な弓を射る』だって、なんだかねぇ、『ケヴィンについて』くらいでいいのに。いっそのこと、『息子は大量殺戮犯』って、ネタばれタイトルか。私は前情報全くなしで、観に行ったから衝撃が大きかったわ。
そういえば、私の大好きなダルデンヌ兄弟監督の『Le gamin au vélo』(フランス・ベルギー・イタリア合作映画)も実父に見捨てられた男の子と養母の物語だったし。
映画じゃないけど、萩尾望都の『春の小川』は母親の死を受け入れることができない少年の話であった。これは、素直に泣けました。
極めつけは、Jean-Louis Fournierの小説(というか独白文というか)『Où on va ,papa?』だな。これは2008年のフェミナ賞受賞作で、たまたま私が読んだのが去年、ってだけの話だが、あ、でも邦訳は2011年出版のはず。
身体的・知的重度障害のある二人の息子について父親が書いたものだが、きれいごとなし、諧謔的、ちょっぴりおかしくて悲痛な、魂の叫び(って陳腐な表現だけど)とでも言いましょうか。
長男が亡くなった時の、「障害のある子どもの死は、それほど悲しくないなんて思っちゃいけない、ノーマルな子が亡くなるのと同じくらい悲しいのだ」の一文で、その後、数日この本が開けなかったよ。こんな、すごい本、滅多にお目にかかれない、って、読書家ではない私が言っても説得力ないが。これ読んで、「感動をありがとう」なんて安っぽいセリフを言うヤツは引っぱたいてやりたいぜ。
ちなみに上にあげた作品、“子ども”はなぜか、み~んな男の子だ。
当然、私は、発達障害の我が息子を顧みるわけで・・、息子のことで苦労しているのは、自分だけじゃない、というごく当たり前のことを再認識したのであった。






