FC2ブログ

このブログ、どうするか?

このブログ、最近更新していません。

と言うのも、日本帰国に当たって、新しいブログ『湘南二宮、時々パリ』http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/ を立ち上げたから。

当初はタイトル通り、ビズに関連することや仕事関係の話題はこのブログに、二宮の生活については新ブログに書こうなんて漠然と考えていたのだが、『時々パリ』と入れてしまったのでパリのことも新ブログに書いているし、そもそもブログ一回のテキストを書くのに時間がかかるので(どうも文章が長くなっちゃうんだよね)、二つのブログを定期的に更新(って言っても、週一なのか月一なのかで全然違うが)するのは怠け者の私にとっては至難の技だと言うことが今になってわかった。

このまま更新もほとんどしないブログを放っておくのも何なので、閉じて一本化するのか二つのブログの棲み分けを考え直すか、年末年始にちゃんと結論を出そうと思っていたのに、結局未だどうしていいか分からず。

この『ビズ編集長ブログ』を立ち上げたのが、2009年1月13日。当時はエコとロハスをテーマにした『ビズ・ビアン・エートル』というフリーペーパーを季刊で発行していた。例えばこのブログの立ち上げ時期、2009年冬号のテーマは『気持ちい〜いマッサージ』で、ちなみに創刊号のテーマは『アロマテラピー入門』であった。

マッサージ号表紙

bienetre創刊号表紙


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第一回のブログは私にしては短文で

<ー再びブログを始めるー

4年間、stay.upで続けていたブログが、金融危機の影響で、10月末に終了。
ギャラをいただいて書く、商業ブログ(と言ってもかなり好き放題書かせてもらっていたが)だったので、締め切りから解放されて、少し羽を伸ばしていた。

ただ、「楽しみにしています」と言ってくださった読者もいたし(ありがたい!)、また、ブログを通じて、いろいろな出会いがあったのだ。20年近く前に、某出版社でいっしょにアルバイトした人から突然連絡があって、東京で再会したり。

締め切りがないと、ものを書かないずぼらな性格なので、いつまで続くか分からないけど、「いつでも止められるんだから」と自らに鞭打ち(何故に??)、再開することにした。>


とりあえず10年は続いたんだ・・、と言っても最初の頃は週一で更新していたのが、いまではこの有様。

まあ、このままにしておいても、誰にも怒られないし、罰金取られるわけでもないし、そのうち、このブログを活かす何か斬新なアイデアが浮かぶかもしれない。


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ビズは、リニューアル準備中


ビズのサイトは現在、リニューアル準備中。というのも、せっかく日本に住んでいるのだから、日本でしかできないことをやろう、と思いついたのだ。
単に、そろそろ別のことをしたくなったということもあるが。

知らない人もいるだろうから(知ったこっちゃないと思っている人もいるだろうけど)、簡単にビズの歴史を。
1999年にパリで創刊した『Bisouビズ』は、“フランスで学ぶ、働く”をテーマにしたフリーペーパー。その後、2002年にファミリー向けの『BisouFamilleビズ・ファミーユ』にリニューアル。
2007年には、ロハスやエコロジーをテーマにした『Bisou Bien-êtreビズ・ビアンエートル』に。
その後、リーマンショックの影響なんぞがあって、広告が取れなくなり、フリーペーパーはひとまず止めて、2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』が生まれた。と言いながらも、紙媒体でも4回BisouJaponを発行した、やっぱりサイトより紙媒体の方が好きなんだよねぇ、我らの世代は。
要するにビアン・エートルまでは紙が主体でサイトもある、という形だったのが、ジャポンからはサイトが主体で紙は時々発行、ということに。時代の流れか。

今回は命名『BisouFranceビズ・フランス』。

ドメインを変えるのが面倒なので、『ビズ・ジャポン・フランス』にしようと思っていたのだが、ビズ・ジャポンからずっとサイトのデザインをお願いしているデザイナーTくんから「長すぎ!」とダメ出しが。
歯に絹きせぬ物言いをするタイプのTくんからはさらに、「『ビズ・ジャポン』は週1回程度しか更新していないでしょう。あれじゃ、アクセスが伸びませんよ。新しいビズは毎日更新してください」と忠告されてしまう。
「毎週からいきなり毎日はきついので、3日に一度とか、一日置きとか・・」。「毎日じゃなければダメなんです」と有無を言わせぬ口調。
うーん、“ほぼ”毎日とか・・、と糸井重里も最初は思ったんだろうな。
「別に毎日書かなくても、1日で1週間分書き溜めて、毎日アップしてもいいですよ」
え?でも、それって書くために使う時間は一緒じゃない?まあ、まとめて書いたほうが、筆の勢いがのるというか(パソコンを使っているので、タイピングの勢い?)、集中して書いた方が生産性も上がるか?確かにパソコンの前に座るまでにダラダラと妙に時間がかかることもあるしなぁ。

それで、“せっかく日本に住んでいるのだから、日本でしかできないこと”とは?要するに、日本で行われるフランス系イベント、フランス物産展とか、フランス映画祭、フランス絵画展の案内から日本にあるフレンチレストラン、カフェなどなどを紹介し、フランス関連の仕事をしている人やフランスに住んでいた経験のある人にインタビューしよう、ということである。
色々ググってみたのだが、そういうサイト、ありそうでなかったので(見落とした?)。

ということで、『ビズ・フランス』は、8月リニューアルオープンの予定で、目下、準備中です。

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ブルースカイブルー・・、西城秀樹のファンでした


ちびまる子ちゃんとまる子のお姉ちゃんのちょうど間の年齢である私は、この時代の多くの小中学生と同じく(きっと、そうだったんだよね?)西城秀樹のファンでした。
別に追っかけをしていたわけではなく(小中学生で追っかけは無理か)、コンサートに行ったこともないけど、レコードは持っていたし(一枚だけど)、「好きな歌手は?」と聞かれたら迷わず「西城秀樹!」と答えていた。

日本からフランスに戻り、時差ボケがひどい上に、慌ただしくしている時に、秀樹の訃報が。少し時間に余裕ができて、YouTubeで秀樹の動画をたくさん見て、懐かしさと寂しさと悲しみがひしひし・・。

秀樹の代表曲といえば、『ブルースカイブルー』(←単に私にとってベスト1?)。
改めて聞き直したら、若き青年と人妻の不倫の歌だったのね。当時中学生だった私は、ちゃんと分かっていたのかなぁ?(その頃、“不倫”なんて言葉、一般的だったのかどうか知らんが)
一瞬、フランス大統領マクロンの顔が浮かんで来て、不愉快な気分に(マクロン、嫌いなので)。でも、ヤツみたいに、その後結婚できて、おまけに大統領になっちゃいました、では詩情もへったくれもない。やはり人の心を打つのは悲恋なのだ。

秀樹の顔のUPが多いヴァージョン。映像が鮮明じゃないのが残念。



YouTubeで色々なヴァージョンの『ブルースカイブルー』を見て思ったんだけど、若い頃の秀樹はなんで、この歌を微笑みながら歌っているんだろう?別れの悲しい曲なのに。若者ならではの立ち直りの早さを表したいのか?青空には、笑顔が似合うから?

それで、こちらは、大人になった秀樹がしっとり憂い顔で歌うヴァージョン。



これが実にいい・・。背伸びした恋に破れた若者の歌、と思い込んでいたが、
歌詞のこの部分
『少しだけ時が行き
もう過去といえる 恋の日々を』
少しと言ってもこのヴァージョンの秀樹だと20年くらいになってしまいそうだが、青春時代の悲しい恋を懐かしむ、というかいまだに忘れられない(美化もされているだろうし)大人の男の恋心を歌い上げ、素晴らしい・・。
秀樹は日本のロッド・スチュアートなんて、勝手にイメージを持っていたけど、(秀樹の方がずっといい男)、この歌唱力は森進一レベルの見事さである。

かくしてYouTubeで秀樹の映像を追い続け、夜更かしが続く(という人は多いだろうな、今)。

秀樹は、横文字の歌も上手い。野口五郎との『二人のビッグショー』ではオールディーズの『アンチェインド・メロディ』を歌う秀樹にうっとり。ドラムを叩きながら『ツイスト・アンド・シャウト』を歌ったり、タキシード姿でダンスしながら大地真央と『スタンド・バイ・ミー』とデュエットしたり、何してもカッコいい!バリー・マニロウとのデュエットも、秀樹の方がずっとずっと素敵。バリー・マニロウって踊りヘタだし(秀樹に恋してる様子がありあり)。
亡くなった後なので秀樹がどんどん美化されている?別にそれならそれでいいや。
あーあ、秀樹に、ジェフ・バックリーヴァージョンの『ハレルヤ』を歌ってほしかったな(完全に私の趣味の世界です)。

カシオペア&宇崎竜童&秀樹とか、世良公則&松崎しげる&秀樹なんて共演も面白かった。秀樹って人の歌も器用に歌いこなしちゃうのよね。
ステージでのMCやバラエティのトークも上手で、ユーモアのセンスもあるし。
しかし、秀樹の一日警察署長からプロ野球の始球式の様子まで全部観れちゃうんだから、YouTubeってすごい(そんなものまで、見ている私)。

脳梗塞の後遺症で言語障害があるし、ゆっくりしか歩けない、そんな姿もさらけ出している。人間としても素晴らしい(もう、贔屓の引き倒し状態)。郷ひろみには真似できなかろう?なんて、ひろみファンの人、ごめんなさい。そういえば、何の映像だったか、秀樹が「新御三家3人は仲が良くて、仲が悪いのはファン同士です」と言っていたのが、笑えたな。

話は『ブルースカイブルー』に戻り、なんでこの名曲、レコード大賞取れなかったのかと調べてみたら、ノミネートされた1978年の大賞はピンク・レディーの『UFO』だって。ふーん。
たくさん見たブルースカイブルーの動画の中で、ベスト1はこれかも。



音は、今風にアレンジされていて、映像も編集が素晴らしく、涙を誘います。

22年ぶりに戻る日本に、秀樹はもういない・・、なんてセリフを吐くほどのファンではありませんでしたが、でも、一度くらいコンサートに行っておけばよかったなぁ。合掌。

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覚書 シチリアとフランチェスコ・ロージの亡霊


そろそろ、カミングアウトしよう!今年から息子と二人で日本に移住する計画を進めている。・・なんて、すでに会う人みんなにしゃべっているし(海外在住メディア広場の「地球はとっても丸い」では、帰国連載コラムも始めているが。

去年の11月頃だったか、夫が「君たちは日本に行くんだから、旅行したい」と言ったので、思わず、「今さら、なんで許可取るのよ、いつものように、好きな時に友達と勝手に旅行すりゃいいじゃん」と答えたら、「・・いや、君たちが日本に引っ越す前に、一緒に旅行するのはどうかな、と思って」!
・・まずい、いらぬ喧嘩を売ってしまったわい、と反省。

それで、2月終わりから3月頭にかけてのスキー休みにイタリアに行こう、という話に。

最初は、夫が前々から行きたがっていたポンペイを中心に南イタリア行きを計画。ユネスコ世界遺産に登録されているアマルフィ(邦画タイトルにもなった有名な観光地。映画は昔、飛行機の中で観たけど、あまり面白くなかった)、ナポリ、そしてカプリ!子どもの頃、少女コミック派だった私は、すれ違いラブコメ少女漫画を描かせたら右に出る者はいない、上原きみ子の『カプリの真珠』をけっこう楽しみに読んでいた。



また、アドリア海側にある、かわいいとんがり屋根の家並みで知られるアルベロベッロにも足を延ばせないか?と色々ググっていたら、アルベロベッロのあるプーリア地方で旅行会社を経営する日本人女性のブログにたどり着き、2017年1月、雪で真っ白になったとんがり屋根の写真を発見。
https://ameblo.jp/puglianami/entry-12212835911.html

問合わせメールを送ったら、ていねいなお返事をいただき、プーリア地方は2月でも雪が降ることがあり、そうなるとレンタカーでの移動はたいへん、とのこと。やっぱり、このあたりは春、夏がお勧めなんだろう、と今回はもっと南にあるシチリアに行くことにした。
そう、この時は、まさかシチリア滞在中に、イタリア本土が大雪に見舞われるなんて想像しなかった。このアドバイスがなかったら、南イタリアで雪道で遭難していたかも、そこまでいかなくても、通行止めにあって移動できなくなったりとか。感謝!

ところで、シチリアは行ったことがないのに苦い思い出のある場所だ、私にとって。
というのも、
フランスに留学して2年目に、パリ第一大学(パンテオン・ソルボンヌ)の映画学科に入ることができた。実技ではなく、映画理論や分析、映画史を学ぶところである。
イタリア映画史の授業で、レポートを書かねばならず、『フランチェスコ・ロージの作品におけるシチリアとアメリカ合衆国の力関係の変遷』というテーマを決め、なかなか面白い内容になりそうな気がした。しかも、イタリア映画史の教授は、ロージの研究者ですぐに参考文献を紹介してくれたし。

しかし、この大学、何とか合格できたものの、私のフランス語力では、ついていくのがとてつもなく大変だった。テープレコーダーを持ち込んで講義を録音したり、フランス人の生徒からノートを借りたりしたのだが・・。ドラマツルギー論の講師などは、早口で内容も難解なので、フランス人の学生でさえ、「ノートできないので、もう少しゆっくり話してください」と頼むほどで、私なんて、お手上げ状態であった。そのうちだんだん、講義に出るのがつらくなって、レポートのために集めた資料を読むのもしんどくなり、大学をドロップアウトしてしまった。そして、「ああ、日本の大学で、何でもっとまじめにフランス語の勉強をしなかったのだろう」としばらくの間、後悔の念に苛まれたのだ。

それでシチリアと聞くと、当時のつらかった気分を思い出してしまう。シチリアには何の罪もないのに。

まあ、今からみれば、フランスの大学にいた頃だって十分若かった。何であの時、もうちょっと踏ん張って、せめて、ロージのレポートだけでも書けなかったかなぁ・・。後悔だらけの人生である。

シチリア旅行の行程は、夫に任せる。彼は写真とビデオ撮影が趣味なので、撮りたいものをリストアップし、光の加減のいい時間に撮れるように日程を組む。と言っても、全て天気次第で、「あの雲が移動するまで待つ」などと言い出すので、うんざりする。
私のリクエストは、パレルモにあるフランチェスコ・ロージの『ローマに散る』冒頭シーンに出て来た8千体のミイラが安置されている地下納骨堂と、アグリジェントのコンコルディア神殿だけ。

息子は偏食なので、旅行中は苦労する。夫が行きたいレストランに息子の食べられるものがないと、「こいつが一緒だとオレは好きなものが食べられない!」などと大人げなく怒鳴ったりする。幸い、息子はピザとトマトソースのスパゲティは好きなので、イタリアではさほど困らないだろう。

しかし、私はやはりシチリアとは相性がよくないのか、旅行に出る3日ほど前にひどい風邪をひく。熱でぼーっとした頭で荷造りをし、直前にネットでシチリアの情報をチェックしようと思っていたけど、それもままならないほどだるく、横になってばかりであった。
出発の日、正午近くにボーヴェ空港まで車で行き、空港近くの駐車場に車を預け、ナベットバスで空港まで送ってもらう。陽気な運転手が「シチリアに行くの?いいところだよ。人がとても感じいいんだよね」。
マフィアの島ってイメージがあるけど、もちろん島民みんながマフィアってわけじゃないだろう。

空港では保安検査のために長い列ができ、その後、搭乗までもずいぶん待たされ、飛行機に乗ったら熱のせいもあり、爆睡。しかし、今回の風邪は食欲がなくなり(イタリアに行くのに・・)、だるくてとにかく眠い。まあ眠れないよりはマシだけど。

16時過ぎに着いたパレルモの空港で、いきなりこの看板。

ノーマフィアの看板

No Mafiaって、マフィアのいないシチリアなんて、「クリープを入れないコーヒー 」(最近、団塊世代の先輩が口にするのを聞いて、懐かしさのあまり私も使わせてもらおう)か。なんて、映画『ゴッド・ファーザー』の影響力? “パレルモのマフィア”とも読めないか?日本人には・・無理か。

レンタカーのカウンターがずらっと並んでいるも、夫が予約した会社の名前が見当たらない。どうやら空港から離れたところに事務所があるらしい。電話番号が記してあるが、夫が「オレの携帯は会社のだから、海外で使うと私用がばれる」と言ったので、「私のも海外で使えるように設定してないけど」と言ったら、夫は「なんでちゃんと準備しておかないんだ!」と怒り出し、タクシー乗り場に。
レンタカー会社の住所を見せると、「4ユーロ」と言われ、運ちゃんはメーターを作動させない。怪しいなぁ、と思っていたら、案の定、5分ほど走ってたどり着いたところで、夫が10ユーロ札を渡すと、「40ユーロって言ったろ」!・・やられた。

カウンターで順番を待ちながら、他のフランス人観光客に「どうやって空港からここまで来ましたか?」と尋ねると、「空港に迎えに来ていた、ナベットバスで」。しまった!

さらに、私の携帯にプロバイダから「あなたが現在いる国からプラン料金で電話もインターネットも使えます」のメッセージが入ってるし・・。(私の知らない間にテクノロジーサービスってどんどん進化しているのね)。

レンタカーの方は、私たちの番になると、何と予約がキャンセルされているという。「12時までに車を取りに来ないとキャンセルになるサービスに申し込んでいますね。で、このクラスの車は今日は残っていません」と言われ、夫はみるみる顔を赤くし、「そんなことどこにも書いてないじゃないか、タクシーは詐欺だし、オレはこのままフランスに帰る!」と怒鳴る。え?病気の身体をおしてここまで来たのに・・。
「今、借りられる車は何があります?」と“冷静な”私が尋ねると、「フォード・フォーカスだけど、最初予定していたクラスの料金にしましょう」と言われ、夫、にわかに機嫌がよくなる。もちろん、キャンセルされた格安レンタカーの比較ポータルサイトに払ったお金は戻って来ない。後で聞いたら、1週間で50€だったという。私ならきっと何かからくりがあるに違いない、と疑うその値段、安物買いの銭失いってやつか。
やっと車に乗れたのが18時過ぎ。パレルモのホテルに着くと、ロビーに日本人観光客が数名。
近くのレストランで軽く食べて、ホテルに戻り、風邪のせい(おかげ、か)熟睡。


翌日は雨の中、パレルモ郊外のモンレアーレに向かう。
フォード・フォーカスのナビに従ったら、恐ろしく狭い道や舗装していない道路を通るはめに。12世紀、ノルマン時代に建てられたドゥオーモ(大聖堂)にたどり着くとそこにも日本人観光客が。夫は「日本人を乗せたバスがあんな道を通るはずがない、きっと大きな道があったはずだ」と怒る。

シチリアのノルマン芸術の最高峰と言われている、ドゥオーモ。

モンレアーレ

モンレアーレの大聖堂

土産物屋に日本語のシチリア観光ガイド本があったので、購入。きれいな写真満載の紙質のいい本で、重いのが玉にキズだったが。

途中、紀元前5世紀にたてられたドリス式神殿で有名な町セジェスタに寄る予定だったが、雨の中、野外に建つ神殿を見物するのもたいへんなので(風邪もひいているし)、パスして、紀元前7世紀頃に建てられたとされる古代ギリシャの都市セリヌンテへ向かう。

一方通行ばかりでなかなかたどり着けなかった海岸近くのホテルに、昼前に到着。

夏のリゾートらしく、レストランはほとんど閉まっていて、しばらく車を走らせてやっと見つけた大きなレストランに入る。
イタリア料理といえば、アンティパスト(前菜)。コースならこの後、パスタ、そして肉や魚料理、デザートと続くわけだけど、風邪で食欲がないので、私はアンティパストだけを注文。ハム、魚、チーズ、野菜、きのこ類、オリーブなど、色々なものが少しずつ食べられて栄養バランスもうまく取れる。これにパンとビールがあれば、十分。
まあ、みんな冷たいから身体が温まらない、っていうのはあるけど。

セリヌンテアンティパスト大皿

セリヌンテアンティパスト

イタリアビールといえば、モレッティ。
昔、週刊誌『東京ウォーカー』のビール特集で世界のビールを紹介する記事を書いたことがあるが、(当時はほとんど飲めなかったけど)、このモレッティとベルギーのシメイが妙に印象に残ったな。

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帰りに神殿遺跡のある考古学公園に寄って、開園時間だけ確認して、雨が降り続く中、ホテルへ戻る。私は相変わらず眠くてすぐに昼寝。

夜、雨の中をまた夕食を食べるところを探しに行くのが面倒で、昼のレストランに戻るのも一つだけど、ホテルのレストランで食べればいいか。と、考えたのが失敗で、食事のあまりのまずさにびっくり。息子のスパゲティも「塩辛い」と言いながらも少しずつ食べていたのだが、辛すぎるとフォークを置いたので、味見してみると、塩を振っている時、ふたが落ちたんじゃないかと思うほどの塩辛さ。ボーイに「塩辛い」と告げるも、息子は「もう、いらない」と言ったので、さっさと部屋に戻る。その後、フロントからパスポートをコピーし損ねたから持って来てくれと電話があったので、夫がフロントに行き、その時に「スパゲティが塩辛すぎて食べられなかった」と文句を言ったら、清算の時にその分は代金を取られなかった。


3日目の朝は快晴。
ホテルで朝食をとり、遺跡公園へ。

駐車場で車に寄って来た犬が、その後もずっとついて来た。かわいい。

セリヌンテの犬

セリヌンテの神殿

セリヌンテ神殿1

セリヌンテ神殿2

セリヌンテ神殿3

途中、にわか雨があったけど、また、青空が広がり、その後アグリジェントに向かう。

アグリジェント旧市街
(アグリジェント旧市街)

アグリジェントでは、旧市街で見つけたレストランでランチ。
アンティパストのタコとスライスした揚げポテト(ポテトチップスか)が絶妙なおいしさ。

アグリジェントランチ

天気がいいうちに神殿の谷へ。

ユーノー神殿

アグリジェント神殿1

コンコルディア神殿とイカルス
アグリジェントコンコルディア神殿

放牧されていた、きれいな巻き角(っていうのか?)の山羊

アグリジェントの山羊


考古学博物館に入る頃から天気が怪しくなり、出てきたら雨。晴れているうちに神殿の谷を散策できてよかった。

アグリジェント博物館

ここではシチリア島に三十年近く住んでいるというフランス人マダムのB&Bに宿泊し、前日の失敗を避けるべく、昼と同じレストランで、夕食。

夜B&Bに戻ると近くの建物で若者がダンスパーティをしているらしく、うるさい。夫、B&Bのマダムに文句のメールを送るも返事なし。ま、彼女に何をしろ、って言うんだ、って感じだけど。私は風邪のおかげで、騒音も気にならずぐっすり。普段から眠れなくて困ることはないけど、今回、風邪薬も睡眠薬も飲まずにこれだけよく眠るのは何かの病気か、と心配になる。眠り病?


4日目は、朝から雨。
シラクーサに向かう途中で、ラグーサに寄る。

二つの地区に分かれているラグーサの新市街スペリオーレ地区へ。

ラグーサのカトドラル
(サン・ジョヴァンニ大聖堂)

雨も降っているし、時間もないので、旧市街イブラ地区には寄らず。

ラグーサイブラ地区をのぞむ
(写真奥に見えるのが、イブラ地区)

イオニア海を臨む街、シラク―サへ。

オルティージア島のアパルトマン内B&Bに寄って、荷物を置いてから街を散策。

アルキメデス広場のアルテミス噴水。そう、アルキメデスの生まれたところです。

シラクーサアルテミス噴水

太宰治の『走れメロス』の舞台なんだって、シチリアの話だとは知らなかった。もちろん、メロスの像はどこにも立っていない。

アポロ神殿は、紀元前6世紀に建てられた、ギリシャ世界で最も古い石造りの神殿

シラクサアポロ神殿

こういう家並みがシチリアっぽい。

シラクーサ家並み

アドリア海

シラクーサアドリア海

ドゥオーモ広場についたのは夕方で、すっかり歩き疲れていた。きれいな広場だったが、全体の写真、撮っておらず。大聖堂のみ。しかも影が・・。

シラクーサドゥオーモ

夜は、シチリア風スパゲティなるものを食べる。イワシが入っている。

シラクーサシチリア風スパゲティ


5日目の朝、夫の「そんなもの本当に見たいのか」という言葉を無視して(と言っても結局、車で連れてってもらうので、一緒に行くのだが)、ギリシャ劇場とローマ円形闘技場を観に行く。

シラクーサギリシア劇場1

シラクーサローマ円形闘技場

その後、シチリアでパレルモに次いで2番目に大きな都市カターニアへ。

風邪がだいぶマシになり、少し食欲が出て来て、ランチに入ったレストランで、そういえば肉を食べていないなぁ、と馬肉のコロッケ(と書いてあったと思うんだけど)を注文したが、出て来たのは馬肉の肉団子であった。あとで調べたら、カターニアは馬肉料理で知られているそうだ。

カターニアドゥオーモ
(ドゥオーモ)

カターニア象の噴水
(ドゥオーモ広場の象の噴水)

カターニア大学
(カターニア大学)

カターニアウルシーノ城砦
(13世紀にフリードリヒ2世が建てたウルシーノ城)

カターニア劇場
(カターニア出身のオペラ作曲家ヴィンチェンツォンツォ・ベッリーニの名前をとったベッリーニ劇場)


そして、海岸線の道を走り、途中、エトナ山を拝みながら(雲が多くてよく見えず・・)アーチ・トレッツァへ。

アーチトレツァ港

アーチトレツァ岩

ヴィスコンティの最高傑作『揺れる大地』(と言っても、全作品を観ているわけではないが)の撮影場所である。
映画では、貧しい漁村(モノクロ作品だったし)だったアーチ・トレッツァは海岸沿いにおしゃれなレストランやカフェ(我らもそこで青い空と海を眺めながら、ビールを飲んだ。息子はジュース)もあり、すっかり海辺のリゾートと化しているが。

ヴィスコンティは初めに貴族趣味(ご本人、御貴族さまですから)のつまらない作品を観てしまった。『山猫』(アラン・ドロンが出ている!)とか『ヴェニスに死す』(超美少年ビョルン・アンドレセン!)など。『異邦人』もがっかりだったし。なので、“観るに値せず”な監督になっていたのだが、『揺れる大地』はイタリアンネオ・レアリズモの代表作!との宣伝文句につられて観に行ったら(ロベルト・ロッセリーニ作品が好きなので)、実に素晴らしい作品であった。こんないい映画を撮れる監督がなんで後半は退屈なものばかり作っているのだ?
貧しい漁師たちを描いた『揺れる大地 海の挿話』は本来なら3部作の第1作目で、続いて、農民、炭鉱夫の生活を描く2作目、3作目を予定していたのに、この1作目が興行的に失敗したので、続きを撮ることができなかったのだ、と大学のイタリア映画史の授業で聴いた。観たかったよな、2・3作目も。
ちなみに、フランチェスコ・ロージは、『揺れる大地』で助監督を務めている。シチリアではいたるところにロージの亡霊が・・。

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カターニアの宿は、B&Bと書いてあったが、キッチン付きのアパルトマンで、パスタやジュースなどが置いてあったので、アーチ・トレッツァからの帰り道、トマトソースとビールとポテチとオリーブを買って、家メシすることに。キッチンにオレンジ絞り器があったので、道端で売っているオレンジを買って、朝ジュースにして飲もう、と言っていたのが、こういう時に限って、オレンジ売りに出会わず。

夜、テレビでニュースを見て、イタリア本土は大雪だということが分かる。イタリア語は分からないけど、映像で。


6日目。キッチンでコーヒー粉は見つけたが、ペーパードリッパーがなく、直火式エスプレッソメーカー(イタリアでは主流らしい)しか置いていなかったのでネットで使い方を調べて、それでコーヒーを入れる。



朝は晴れていたのに、チェファルに向かっている途中に天気が悪くなり、着いた時は大雨でしかも寒い。外を歩くときには、ダウンコートの下にウルトラライトダウンのジャケットを着る始末。ただ、イタリア本土は大雪で、電車の遅れも出ているらしく、道路も渋滞しているらしい(ニュースの映像を見る限り)。それよりはマシ。

チェファルは、『ニューシネマパラダイス』の撮影が行われた町なのだとか。「いい映画でしたね~」で終わってしまう、二度見をしたいとは思わないような作品だった記憶が。

チェファル街並み

ドゥオーモは閉まっていて、入れず。

チェファルドゥオーーモ

街をぶらぶらして、靴屋に入り、夫は息子にスニーカーを、自分用に革靴を購入。その後、おじいちゃんが一人でやっている“町の日用雑貨店”風の店で直火式エスプレッソメーカーを記念に買う。日本で買うとけっこう高いけど(輸入品だからね)、ここでは、5ユーロなり。無名メーカーなんだろうけど、まあ、いいや。

夜、ドゥオーモ近くの感じよさげなレストランに入ったら、一人のお兄さんが作るのから給仕から全部やっていて(寒くて、他のスタッフが病欠?)、全然注文を取りに来ず、近くのテーブルのお客も諦めて出て行ったので、私たちも後に続く。仕方なく、近くにあった大画面でサッカーの試合の中継をやっている若者でにぎわっている店へ。すぐに料理も出て来て味もまあまあ。


7日目。B&Bなのに朝食はドゥオーモ広場にあるカフェに取りに行かなければならない。しかも、テーブルは外にしか置いていない!幸い雨が降っていなかったので、寒い中、さっさとコーヒーを飲む。しばらく、朝は炭水化物は取らないことにしているので、シチリア滞在中、名物(なのかな?)クリーム入りクロワッサンは一度も食べなかったな。

雨の中、パレルモへ。
ドゥオーモの真裏にある貸しアパルトマンに、まず荷物を置きに行く。

パレルモ大聖堂

外に出たら雨は激しくなる一方だったので、まずは、8千体のミイラが安置されている地下納骨堂に行く。たくさんのミイラを見ても、怖いとも何とも感じず。人が死ぬと肉体はただのモノになるのだなぁ、と実感。

その後、天気は悪いままだったけど、ひとまず雨は止んだので、バッラロの市場に。

パレルモの市場

パレルモの市場2

イタリアのアーティチョークはこんな感じ

パレルモの市場3

市場でこんなお店を見つけるも、息子が食べられるものがあるかどうか、と心配。

パレルモ市場内食堂

パレルモ市場内の店の大皿

すると夫が「スパゲティくらい作ってくれるだろう」とさっさと、テーブルに着き、注文の最後に「子どもにトマトソースのスパゲティ(メニューには載っていない)、作ってもらえます?」と聞くと、「OK」と返事が。さすがイタリア。

パレルモ市場内店取り皿

息子は、旅行中、みごとにチョリゾかハムのピザとトマトソースあるいはミートソースのスパゲティしか食べなかった。今回の旅行はしょうゆも米も持参せず、一度くらいは中華料理か、なんちゃって日本食を食べる機会があるだろうと思っていたが、それもなし。野菜不足を心配したが、「スパゲティにトマトが入っているから平気」と。うーん、でもそれだけじゃねぇ。
ところが、最後にこの店で息子は、オリーブオイルと塩コショウをかけただけの、トマトと生たまねぎのサラダをちゃんと食べた。普段はしょうゆドレッシングをかけないとトマトが食べられないので、ちょっと感激。

その後、曇り空の下、パレルモの街を散策。

パレルモ四つ角

パレルモフレトリア広場
パレルモサン・ジョヴァンニ・デリ・エレミティ教会


シチリア名物のお菓子、リコッタ・チーズがたっぷり入ったカンノーロを買う。中に入れるクリームを選べるので、迷っていると、感じのいい若い売り子の女の子が「ピスタチオがお勧めよ」と言ったので、ピスタチオとオレンジのクリームを選び、トッピングはチョコレートチップ、オレンジピールを選ぶ。クリームたっぷり系のお菓子が苦手の夫は、「そんなもの食べたくない」と言って、焼き菓子を別の店で買い、貸しアパルトマンに戻り、紅茶を入れる。
オレンジの方は化学香料っぽい味だったが、ピスタチオクリームは本当においしかった。

カンノーロ

映画『ゴッド・ファーザー3』で、主人公マイケルの妹コニーが毒を仕込んだカンノーロで、マフィアの親分を殺すシーンがある。コニーは毒味をさせられるんだけど、何ともなかった、てことは、片側のクリームだけに毒が入っていたってことかね?

翌朝8時半にはレンタカーを返さなければならなかったので、近くのレストランでピザを食べ、早寝する。

8日目。パレルモの空港で、遅れている飛行機がいくつかあって、心配になるが、パリ行きは無事に飛ぶ。シチリアにいた間、イタリア本土だけではなく、フランスも寒波に見舞われたいたことは知っていたが、ボーヴェ空港に着いて、あまりの寒さに震えあがる。

今回、風邪のせいで、身体はだるく何よりも旅行中に食欲がなかったのは悲しかった。ただ、治安が悪いと聞いていたが、スリに遭うこともなく、初日のタクシーのぼったくり以外は嫌な目にも合わなかった。天気は悪かったけど、雪には降られなかったし。息子の感想は「ピザがたくさん食べられて、楽しかった」であった。

「なんとなく調子が悪い」に働きかける

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ルルドの受難を乗り越えて、奇跡の水をもらって来た

ポー川のほとりに立つカテドラル
(ポー川のほとりに立つルルドの大聖堂)

筆リンパドレナージュ・セラピストの小笠原さんと何かのきっかけで(何だったか忘れた)、ルルドに行こう!という話になり、小笠原さんがパリに来る時期に、一緒に行く計画を立てることに。今回、日本から小笠原さんと一緒に来て、マレのイベントでお抹茶を点ててくれた茶道家佐古宗亜さんも一緒の女三人旅。

ルルドといえば、奇跡の水である。
1858年、ポー川に近い洞窟に薪を拾いに行った14歳の少女ベルナデットの前に聖母マリアが出現。その後、ベルナデットは18回も聖母マリアに会い、「泉で水を飲み、顔を洗いなさい」と告げられる。すると、洞窟近くから泉が湧きだし、この水を飲んだり、身体を清めたりして、難病が奇跡的に治癒する例が続き、今では、世界各地から年間に500万人が訪れる、カトリック最大の巡礼地となっている。

前から興味があったんだけど、これまで行く機会がなかった。
うちの夫に奇跡の水を汲みにルルドに家族旅行しようなんて言ったらバカにされそうだし。そう、うちの夫は信心が足りない、だから病気やケガばかりしているのかも。

ルルドまでは、パリから飛行機で1時間15分。私は飛行機があまり好きではないので、時間がかかってもTGV(フランスの新幹線)で行きたい。で、TGVだとパリから直通で4時間半。以前、パリから南仏トゥーロンまでTGVに乗って4時間弱だったが、快適だった。しかし、日本から来る人に電車の長旅を勧めるのもなぁ、としばし悩む。
ただ、飛行機だと搭乗1時間前までにオルリー空港まで行き、ルルドの空港からも市内までバスに乗らねばならず面倒だ(フランスのバスは定刻通りに来ないし)。スペインに行った時、オルリーに向かうバスが渋滞に巻き込まれ、おまけにチェックインカウンターに長蛇の列で、飛行機に乗り遅れかけた嫌な思い出もある。
電車なら、ルルド駅から聖域(聖堂、泉のある場所)まで歩いて行けるし、帰りも、ホテルに荷物を預けて、電車の出発時間ぎりぎりまで観光できるし(何もないだろうルルドの空港で時間つぶすよりはいいかと)。また、小笠原さんのパリの定宿がサンジェルマンデプレなので、ルルド行きTGVの発着駅モンパルナスに近い(歩いて行けなくもない)、それにTGVは早割で買えば、飛行機チケットの3分の1ほどの値段だ。
と、TGVを提案すると、「江草さんにお任せします」。
では、さっそく、と、ホテルとTGVチケットを予約しようとしたところから、“ルルドの受難”が始まったのであった。

ホテルをネットで検索していたら、いきなり雷が鳴り始め、突然、インターネットが繋がらなくなる。慌ててプロバイダーのorangeに電話。最近は自動音声の操作で、ネットが復活したりする。今回もそれですぐにネットが回復したのでほっとしたが、雷のせいでルーターに支障が発生した可能性があるので、交換するようにと言われる(自動音声で)。3日後に近くの配送ポイント(町の商店街にあるスポーツ用品店)に届くとのこと。繋がったり繋がらなかったりのインターネットにいらいらしながら、ルーターの到着を待つ。
で、新しいルーターをセットしたら、全く繋がらなくなる・・。すぐにorangeに電話すると、「技術者に見に行かせます」、「急いでいるんですけど」、「では、明日の午後に」!対応早いじゃない、フランスにしては。

翌日、技術者がまず、一人来て、でっかい測定器で色々調べ「電線の問題ですね」と言って、作業車に戻ると、そこで待機していたもう一人の作業員とうちの近くの電柱近くに車を寄せ、クレーンとはしごを使って、電柱から我が家の屋根まで通っている電線を交換するという大掛かりな作業を始める。電線と電話回線を繋ぐ接続端子みたいなものもぼろぼろになっていて、「これが原因ですよ」と、まさか、この家が建てられた時からずっと取り換えていなかったとか(築50年ほどの家です)。

無事、ネットが繋がり、まずは、ルルド駅のすぐ隣にあるらしいホテルをbooking.comで予約。キッチン付きのアパルトマンホテルで(治療のために長逗留する人向け?)、3人部屋(ソファベッドではなく、普通のベッドが3台)で、72.3ユーロと安い!

TGVは早割で朝6時50分発の電車だとたったの35ユーロ、戻りは倍以上するが、でも、往復100ユーロ程度っていうのは安い、と往復の電車を選んだところで、いきなり、パソコン画面にくるくるマークが出て、フリーズする・・。嫌な予感。そういえば、10年くらい前にロンドン行きユーロスターのチケットを取ろうとした時も同じようなことがあり、結局、街中のSNCF(フランス国鉄)の販売所まで買いに行ったっけ。当時、SNCFのサイトはトラブルが多いと聞いていたが、あれから10年経っているし、いくらなんでも改良されているだろうと思いつつ、サイトのトラブルならすぐにアクセスしても同じことが起こりそうなので、一日待つことにする。

で、翌日またアクセスして、順調に進んでいたのだが、乗客全員の姓名および生年月日まで入力しなければいけないことが発覚。それで、小笠原さんにメッセージを送って、返事を待つ。
そうこうしているうちに、行きのチケットの値段が10ユーロも上がってしまい、慌てる。
今度こそ、と予約画面をどんどん進んでいき、最後、カード番号を入力し、携帯電話に銀行から送られてくるセキュリティコードを入れたところ、突然、まったく関係のない宣伝画面のようなところに飛んでしまう!!ここでもう一度同じことを繰り返して二重引き落とになったらたいへん、と2日待つことに。

しかし、このチケットの取りにくさは??ベルナデット様は私たちにルルド来てほしくないのか?
と、小笠原さんに愚痴メールを送ると、「物見遊山気分ではなく、心して来るように、というベルナデットのメッセージでしょう」との返事が。・・なるへそ。

銀行口座をチェックしチケット代金が引き落とされていないことを確認し、もう一度、サイトでの予約に挑戦し、同じ目にあい、もう、こうなったら駅の販売所で購入してやれ、とパリに出たついでにサンラザール駅のチケット売り場に行くと、ものすごい人が順番を待っていて、挫ける。
チケットの値段はなぜかどんどん高くなっていくし、こんなに購入にたどり着けないのはルルドに行くな、ということなのだろうか?とどうしようもないことを考えていたら、ルルド出発予定の日に公務員ストが予定されていることが分かる・・。

そして1週間後には小笠原さんたちがパリに到着する、という日に、元和太鼓仲間のT子さんとセーヌに浮かぶ船の中のカフェで待ち合わせ、ルルドの受難について愚痴ると、「うちの近所にSNCFの販売所があって、そこはいつも空いてるし、ここから歩いてすぐだから」と親切に連れて行ってくれる。結局、パリ7区の販売所で、5分と待たずにGET。正規料金を払うはめになったが、安いチケットと違って、変更可能なので、何かあった時に(まだ何かありそう)対応できるからいいや、と。一応、その時に「サイトで予約しようと思ったら、何度やっても、うまくいきませんでした」と文句を言ったら、「よくあることです」と返される。すみませんの一言もないのが、さすがフランス、もうすっかり慣れたけど。
ちなみにストでTGVが動かなければ、全額払い戻してくれるという、当然のことだが。

6時50分のTGVに乗るとすれば、郊外に住んでいる私は、郊外電車が遅れることも計算に入れ、4時起きかなぁ、と考えていたら、小笠原さんと佐古さんが、前日は自分たちのアパルトマンホテルに泊まれば、と言ってくれたので、お言葉に甘えることにする。

ルルド出発前々日に、な、なんと小笠原さんが、日程を一日勘違いしていたことが発覚。火~水曜の予定を水~木曜と思い込んでいたという。火曜の予定を木曜に全てシフトしてもらいことなきを得たが、ここでもベルナデット様のお試しを受けた気分に。

前日に天気予報をチェックしたら、水曜は最高気温26度となっている。考えてみれば、南仏なんだよね。なぜか寒い場所と思い込んでいた。奇跡の巡礼地に南国のイメージが合わないからか?

いよいよルルドに向かう日、朝5時に起きて、3人でおにぎりなんか握って、駅には30分も前に到着。公務員ストにSNCFの組合が追随することもなく、ただ、飛行機は30%減便と言っていたので、飛行機を予約していたら、欠航なんて可能性もあった。

電車に乗り込む前にコーヒーでも買おうと、パン屋PAULの列に並んでいたら、「コーヒーマシンが故障」と言われる。それで、ホームの端の方にあるPAULまで行き、並ぶと、なかなか列が進まず、発車5分前にやっと買うことができ、コーヒー片手にホームに向かう。車両番号を確認し、あれ、だいぶ先だねぇ、などとのんびりホームを歩いていると、走って私たちを追い越していく女性が。ありゃ?と思っていたら、いきなり発車のベルが!慌てて私たちも走り始め(蓋はついていたけど、コーヒーが手にびちゃびちゃとかかる)とにかく乗っちゃおう、と思ったら、なぜかそこはドアのない車両!。ベルが鳴りやみ、乗り遅れる~と思った時に、ドアにたどり着き、小笠原さんが身を挺してドアを抑え(たように見えた)、何とか、ドアに挟まれずに私たちも無事、車内に。
ベルナデット様はなかなか手厳しい。

電車の中ではよく寝て、気が付いたらボルドー(パリからたった2時間なのね、知らなかった)に着き、そこで、ほとんどの人が降りてしまった。

12時前にルルドに着くが、アパルトマンホテルはまさに、駅の隣。すぐにチェックインさせてもらい、3人一部屋で予約したのだが、中で通じている、ベッド2台ずつの二部屋で、ミニキッチンもバスタブ付きのトイレ・バスもそれぞれの部屋に付いていて、ラッキー。

荷物を置いて、聖域に向かう。途中、その名も洞窟通りでランチをすることに。何だか閉まっている店やホテルも多くて、少しさびれた雰囲気。ハイシーズンを過ぎているから?出発前に知人に勧められた、アーティストが作る聖水入りペンダントの店もシャッターが閉まっていて、がっかり。普通のビストロ(大衆食堂)で、地方産ソーセージ、羊肉の串焼き、ハンバーガー、それぞれフライドポテトたっぷり付きにデザート(佐古さんは前菜)をがっつり食べて、いよいよ聖域に。

洞窟通り
(洞窟通り)

洞窟通りの観光客
(土産物屋が並んでいます)

道すがら、聖水を入れるためのボトルを買い、サン・ミッシェル門の少し手前にある、マリア像やメダルなどを扱う店に吸い込まれ、3人でお揃いの聖母の姿入りペンダントを色違いで購入。これぞ、女子旅行の楽しさじゃ~。

ボトル選び
(聖水を選ぶためのボトル)

ボトル
(大小形もさまざまなボトル)

門に近づくにつれて、大聖堂が姿を現して来るのだが、その大きさと美しさにびっくり。ルルドというと、洞窟や泉のことばかりが取り上げられて、大聖堂はあまり話題にならないのはなぜ?ディズニーランドのお城みたいな印象があるからか?歴史が浅いせいか?

カテドラル正面

カテドラル入口
(カテドラルの入口)

まずは洞窟へ向かう。泉は、ガラス張りになっていて、直接水に触れることができないが、周りの岩をみんな触りながら進む。
洞窟の前を進むと、沐浴場。たくさんの人が順番を待っていたので、明日、戻って来ようと、インフォーメーション係の女の子に、開場時間を確認すると、「9時からだけど、その時にはもう人が並んでいるから、早めに来た方がいいですよ」と言われる。タオルを持って来た方がいいかどうか尋ねると、「全部、中に用意されています」。へー、それなのに無料?きっと賽銭箱が置いてあるのだろう。

洞窟
(聖母マリアが出現した洞窟)

洞窟の上にカテドラルを作った
(洞窟の上にカテドラルが)

沐浴場
(聖水の沐浴場)

で、いよいよ水を汲む。なんか、小学校の水飲み場みたいな感じ。生水なので、雑菌も多いからそのまま飲まない方がいい、と小笠原さんは在仏日本人から聞いたのだそうだが、奇跡の水ならそのまんま飲んだ方が効果がありそうだ。水汲み場で、ごくごく飲んでいる人もいたので、私はとりあえず一口その場で飲んでみて、後でお腹が痛くなったら、持って帰って家で沸かして飲めばいいや、と自らの身体をもって実験。結局、お腹を壊すこともなかった。

水汲み場
(水汲み場)

水道
(一見、普通の水道)

その後、一度アパルトマンホテルに戻る。聖地で、しかも来るまでの受難の数々に禁欲的な気持ちになっていたのに、太陽がさんさんと降り注ぎ、南仏の日差しが強くなる中、駅前の軽食レストランで、フランス人のおじさんたちがおいしそうにビールを飲んでいるのを見てしまい、「私たちも一杯」ということに。まあ、ルルドに無事にたどり着けたので乾杯!ということで。

ビールを飲んで、しかも早起きで疲れていたので(電車の中では寝たけど)、ホテルに戻って、仮眠をとる。19時に目を覚まし(起こしてもらう)、朝作って来たおにぎりを食べ、21時から始まるロウソク行列(procession)に参加すべく、厚着をして(夜は急に気温が下がる)再び、聖域に向かう。途中、土産物屋で白い紙で先を囲ったロウソクを購入。

聖堂前の広場には、どこから湧き出たの?とびっくりするほどの人々がロウソクを手に集まっていた。近くにいた人に「火を下さい」(タバコか?)と、ロウソクの火をつけてもらう。短いミサがあり、やがて人々がマリア像の神輿を先頭に広場をゆっくりと行進し始める。その間、マリアを讃える賛美歌がずっと流れていて、多くの参加者が一緒に歌っている。で、サビのマリアの名前を繰り返す部分でみんながロウソクを高く掲げる。
私みたいな異教徒が参加しちゃっていいのかなぁ、と思いつつ、幻想的な光景の中、心静かで厳かな気分になる。

ろうそく
(風よけの紙で覆ったロウソク)

ろうそく行列

神秘的な行列


宿に戻って、冷えた体を温めるべく、浴槽にお湯をはって、そこに汲んで来た聖水を入れ、のんびり浸る。

で、翌朝は、聖域に早朝に詣でたいという小笠原さんに付いて行くため、朝5時半に起きる。ホテルから聖域までは歩いて15分。階段や坂もあるので、けっこう運動になる。健康的かも。
7時から始まる地下聖堂で行われるミサに参加。

朝日を浴びるカテドラル
(早朝のカテドラル)
朝の王冠
(王冠も朝日に輝き)

自撮りするシスター
(朝早く自撮りしているシスターが)

その後、沐浴場に行くと、なんと「午後から」との張り紙が。けっこう寒かったので、この中で待っていて、さらに水を浴びたら風邪ひくかも。いや、奇跡の水だから、そんなことはないか。
とりあえず、昨日買ったボトルと家から持って来たサーモポットを奇跡の水でいっぱいにして、それから聖域に近くの豪華ホテルの立ち並ぶ地域で、温かいスープが飲める店を探す。旅行者向けのスナックみたいな店で、いかにも粉を溶いた感じの野菜のポタージュを飲む。まずいけど体は温まった。

奇跡の水を汲む小笠原さん
(日本に持ち帰る水をたくさん汲んでいる、小笠原さん)

車いす参拝
(早朝から車いすならぬ三輪車いすで聖域に向かう巡礼者たち)

ホテルに帰る長い道のり(昨日二往復しているし)で、ルルドで見るべきものは見て、やるべきことはやったので、沐浴は諦めて、パリに早めに帰ろう、ということになる。本当は16時過ぎの電車を予約していたのだが、戻ってからの仕事のことが頭にちらつきはじめ、また、15分かけて聖域まで行くのもしんどくなったのだ。

駅に行くと、パリ直通TGVは私たちが予約していた16時過ぎの電車しかないと言われる。ただ、トゥールーズ行きの鈍行があり、トゥールーズからパリ行きTGVがあることが分かったので、手数料を払って、変更する。窓口のおばちゃんが「16時過ぎの電車まで残ればいいのに・・」とぶつぶつ。発券するのが面倒なだけでしょうが!
10時過ぎにホテルをチェックアウトし、電車に乗り込み、すぐに寝入る。
トゥールーズ駅構内のPAULでランチを食べて、今度は余裕を持って、TGVに乗り込む。
二人から、「電車でよかったよね。景色もきれいだし、4時間半って東京―広島間とほとんど変わらないし」と言ってもらってほっとする。

家に帰って汲んで来た水をさっそく、息子に飲ませる。発達障害にも効き目があるのかも、とわずかな期待とともに。どう?と尋ねると「味がない」。味覚が過敏な息子は、昔は日本のミネラルウォーターも嫌な味がすると言って飲まず、日本滞在中はヴォルビックを探し回った。今はセヴンイレヴンのミネラルウォーターでも平気になったが。その息子が味がない、というなんて、本当に無味無臭なんだな。ちなみに、水を飲んだ後に息子に何も変化なし(当たり前だ)。

私は以後、毎朝、ルルドの水を沸かして紅茶を飲んでいるけど、いつも使っているヴォルビックより、色がよく出るし、味が濃くておいしい気がする。
あと、背中の粉瘤の後がケロイド状になってしまった部分に、ルルドの水を沁み込ませたコットンでぺたぺた叩いているが、今のところ、何も変わらず。

ボトルに入れて来た水

まあ、奇跡は不治の病にかかっている人とか、本当に困っている人たちのためにに起こってくれればいいんだけどね。

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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