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日本で剣道修行

今回、帰国の際に、はじめて剣道の防具を持って帰った。息子の通う小学校の体育館で週二回行われる、剣道の子ども教室に参加させてもらうことになったのだ。
高校時代の友人の長男がここの教室に通っているのだが、とにかく先生が厳しくて、そのおかげで生徒たちは大会入賞の常連なのだとか。

小学生が中心で、中学生やママさん剣道家が数名いると聞いて、私にはちょうどいいかも、と思っていたのだが・・。
まずは、体育館の雑巾がけから始まり、蒸し暑い中、私は一往復しただけで、バテるあり様。女の先生とその息子さん(以下、男の先生と書かせていただきます)が二人で教えていらっしゃって、子どもたちの挨拶の仕方から、姿勢、練習態度など、全てに厳しいのだ。女の先生は教室に入ったばかりだという小学校1年生の男の子と女の子を指導し、「だめ!」、「そうじゃない!」とかなりきつい口調で叱っていらっしゃる。小さい子たちが歯を食いしばり、それについていっている様子を見ていると思わずじーんと来る。うちの息子ならすぐに逃げ出すだろう。男の先生は面をつけている生徒+大人の指導をされるが、小学校2年生の男の子に「あの、怠けた素振りはなんだ、先生はちゃんと見てたんだぞ!」と厳しく注意したり。その小さな男の子も、中学生やママさんと一緒に稽古をするのだが、私が手加減をしていたら(だって、私の胸までの背の高さもないのだ)、「本気で強く打ってください」と叱られる。この教室に通っていたら、剣道が上達するだけなくて、礼儀正しい子どもになるだろう。

私が通うメゾン・ラフィットの剣道クラブにも子ども教室があって、息子も去年一年通ったが、子どもに何とか剣道に興味を持たせようと、風船を叩かせたり、お菓子をあげたり。それでも、うちの息子は最終日に先生に「もう止めます」と宣言していたが。
中学1年の男の子で、部活で他のスポーツを始めたという子にも男の先生が「一つのことにちゃんと集中して、それを上達させる時期だよ。剣道を選べとは言わないけど」と助言し、その子もまじめな顔で聞いていた。この年頃って、親の言うことには何かと反発するから、こういうアドバイスをきちんとしてくれる人が身近にいるのはいいかも、と盗み聞きをしながら、思った。中学生の男の子たちとも稽古をしたが、もちろん、私では歯が立ちません。

子ども剣道教室
(写真はフランスの子ども剣道教室 日本と違い、ずいぶん、リラックスした空気が・・)

初稽古の最後に「実は12年かかって、去年、ようやく初段を取ったところです」と言うと、男の先生が苦笑いされたので、「ただ、勉強や仕事や出産、子育てでブランクがありましたが」と付け足すと、「今は、ブランクの直後なんですね?」。「いいえ、最近は定期的に練習をしていますが」と答えると(別に見栄をはる必要はない)、すっかり言葉を失っておられた。まあ、親から剣道を教わり、すいすいと上達して来た先生には理解できないだろう。しかし、私のような剣道音痴には初段が取れただけでも、大いなる自信となったのであるが。

東京には2週間しかおらず、稽古は3回参加しただけ。最後の日に、女の先生からは構えの姿勢を正していただき、だいぶ打ちやすくなり、男の先生からは「面はとてもきれいに打っています。後は、早さと力強さがほしいですね」。きれいな面打ちというのは剣道の基本で、これは自慢じゃないけど、面打ちの練習の時にフランス人の先生にも褒められたのだ。しかし、早さと力強さなんてものは、この年齢からだと身につきそうにないなぁ・・。

一方の夫は、六段昇段を目指し、昨年フランスに日本剣道連盟から派遣された、大津市に住む脇本幸彦先生のところに1週間の修業に出かけた。出発前日に一日に4回も稽古があるようなハードなスケジュール表がメールで送られて来たので、先生にご挨拶の電話を差し上げ、「主人には生命保険をかけてありますので、思う存分、しごいてください」とお願いする。
1週間後に平湯温泉で夫と落ち合うと、稽古は厳しかったらしいが、九段の先生に稽古をつけていただいた、とか脇本先生のご自宅に招いていただき奥様から手料理をもてなされた、とか祇園祭りに連れてっていただいた、などなど、と得意げに語り、何だかずいぶん楽しい修行だったらしい。

フランスに帰って、メゾンラフィットクラブのラバイユ先生から「日本で剣道の稽古をしたのか?」と聞かれたので、「3回しました」と答えると、「おお、一日3回か」といたずらっぽい目で言いながら、私からは「週3回です」との答えを期待していたに違いなく、「1か月で3回です」と言うと「・・ウソだろう?」。さらに「子どもの稽古に参加しました」と加えると「子どもの指導をしたのか?」、「いえ、一緒に稽古しました」、「日本まで行って子どもと剣道か?」などと呆れたような顔で言ったので、「日本の子どもは5,6歳から剣道を始めますから、とても強いんです!」と切り返す。
今、ブラジルで行われている世界剣道大会にラバイユ先生はフランス・ナショナルチームのコーチとして赴いている。そこで、日本剣道の強さを目の当たりにし、これが幼少の頃からの心身の鍛練のなせる技だということを理解して戻ってくるに違いない。
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日本の小学校への体験入学~後編~

 登校初日の午後に、たまたま、1年生の親子懇親会が行われ、夫と参加する。体育館で親子一緒に、玉入れなどのゲームをやったり、子どもたちがダンスしたり、歌を歌ったりする様子を見たり。月曜の午後なのに、ほとんどのお母さんが参加していたのに少し驚く。というのも、フランスは女性の就業率が高いので、学校の親参加の集まりはたいてい土曜日に行われる。後から友人に聞いたら、それでもたぶん、半数くらいのお母さんは仕事(パートが多いそうだが)をしていて、休みをもらって来たのだろう、とのことだった。また、お父さんの参加がたった一人(夫の他にもう一人)、というのも日本ならでは、という気がした。ちなみに息子はダンス、歌はもちろんのこと(知らない踊り、歌だったし)、ゲームもほとんど参加せず見ていた。

 懇親会の後、お母さんたちが残り、教室で担任の先生が入学式から今日までの子どもたちの様子の変化を写真のスライドを見せながら、報告する。いつもデジカメを持って、子どもたちの姿をきちんと記録する、まめな先生で、確か入学式からの約3カ月で500枚くらい写真を撮ったと仰っていた。登校初日にも関わらず、うちの子がクラスメイトと輪になって国語の教科書を広げている写真もあって、感激。ただ、教室に入る直前に息子のその日の様子を先生に尋ねた時には、「給食の時に箸を振り回したので、叱ったら、怒ってしまいました」と言われたのだが。
その日、ウィークリー・マンションに戻って、「学校どうだった?」と聞いたら、うれしそうに「給食にごはんとお味噌汁が出たよ!」とケロリとしていた。

 翌朝、子どもを学校へ送って行き、それから仕事の営業回りに出かけようと準備をしていると、校長から電話が入り、「今日の午前中のプールの授業に付き添ってください、昨日はずいぶん、興奮状態にあったみたいなので、何かあったら困りますから」。仕事のアポは30分後にせまっており、しかも夫が「今日は何もないだろ?ちょっと浅草まで行って来る(夫は浅草が大のお気に入り)」と出た後だった。何で昨日のうちに言ってくれなかったのだろう?日本のお母さんたちは子どもの学校最優先で、学校の要請があれば、緊急時じゃなくてもすぐに学校に駆け付けるのが当たり前なのかな?と思いながら、「これから大事な仕事の約束があって・・、それにうちの息子はフランスでもプールの時間だけはきちんと他の子と同じことをしますから」と言うと、「ここはフランスじゃありません!」と一喝される。プールに日本もフランスもそんなに違いはないと思うが、この不況でたいへんな時に大事な仕事のアポを断れるか!と「それなら今日は見学させてください」と電話を切る。結局、その日は夫が迎えに行き、先生とは話が出来なかったが、息子はうれしそうに「プールに入った。シャワーに虹が出てたよ」。
 後でその話を姉にすると、「あんたは無理に頼んで自分の子どもを預かってもらっている立場なんだから、それはないでしょう」と説教される。確かに、学校、先生としては、正規の入学ではない生徒(書類上は転入生だけど)を預かり、その分責任もあるわけで、はっきり言って仕事が増えるだけだよね。では、外国からの体験入学者を受け入れることの学校側の受け入れメリットは?と考えると、「フランスの子どもたちは~、フランスの学校では~」というような、日本に住んでいては分からない異文化の様子を聞かせてもらえることを期待しているのだろう。うちの息子がそんなことを話すとは思えないし、確かに迷惑の部分が(特にうちの場合は)圧倒的に多いんだよなぁ、とちょっぴり、反省する。

 息子は「今日、学校で何したの?」と聞いても、「勉強した」、「給食、食べた」くらいしか話さない。高校時代の友人の二男Iくんが同じクラスにいて、よくしゃべる子だったので、その子を通じて、息子の様子を聞き出したり、後は迎えに行った時に先生をつかまえて話を伺ったり。
一度、「今日、英語の授業があったのですが、何でフランス語じゃないの?と怒ってkenくんは参加しませんでした」と言われたことがあり、これには夫が「息子の言うことはもっともだ!」と愛国心、剥き出し。国際語=フランス語だと信じているフランス人は少なくないのである。
 
 一週目最後の日の、金曜日。何とか大きなトラブルも起こさずに通学しているな、と安心していた矢先のこと。夕方、美術評論家で、美術イベントのオーガナイザーでもあるYさんと打ち合わせをしていた時に担任の先生から電話があり、息子がクラスメイトの男の子の顔を蹴った!と言われる。幸い、打ちみ程度で、大事には至らなかったそうだが、これには私も平謝りで、「向こうの親御さんにお詫びに行った方がいいでしょうか?」。その必要はない、と先生は仰る。また、状況を確認すると、二人組になってお互い質問をしあう、という授業内容で、その子が「次はkenくんが僕に聞いて!」と言ったら、突然蹴ったという。・・ひょっとして「僕を蹴って!」と聞き間違えたか??電話のやり取りを聞いていたY氏(小学生の息子さんが一人いる)は一言「何だか、大変そうですねぇ」。
ウィークリー・マンションに戻って、息子に問いただすと、うつむいて一言、「僕が悪いの」。「理由があったんでしょ?」と聞いても、「僕が悪い!」。こう言われてはこちらも先が続けられない。

 一週目は「学校はちょっと楽しい」と言っていたが、二週目に入ると「ちょっとつまんない」に変わる。プールの前日に「付き添いましょうか?」と、「必要ありませんよ」と言ってもらえることを期待しながら尋ねてみると、「それでは、お願いしますね」と言われてしまう。「前回は問題なかったんですよね?」と確認すると、「問題はなかったんですけど、念のため、副校長が付き添ったんです」。そう言われれば、行かざるを得ない。その週、夫は一人で大津まで剣道の修行のため赴いていたのだ。営業のアポを取っていた会社が運よく隣駅にあったので、アポの時間を朝の10時から9時に変更してもらい、1時間ほどで話を終え、太陽のぎらぎらする中をダッシュで学校に向かった。
登校前に体温を測るのを忘れていたので、保健室に息子を連れて行く。ついでに、クラスメイトを蹴った事件の時にお世話になった、保健の先生にお詫びをする。事件の後、息子は保健室で給食を一人で食べていた、とIくんから知らされていたので、隔離されたのか?と気になっていたのだが、「時々、クールダウンにここに来ていますよ」と言われる。温かい感じの先生なので、教室で気に入らないことがあると、保健室に駆け込んでいたらしい。そういえば、フランスの学校って保健室がないよな、と気づく。

子どもが学校にいる間、いつ担任から電話が来るか、とひやひやしながらも2週目は何事もなく過ぎて行き、Iくんも「kenちゃん、今日はいい子だったよ」と言う日が続く。

息子の登校最終日は1学期の最後の日でもあり、御礼(お詫び?)に名菓ひよ子を持って行くと、担任の先生はかなり疲れた顔をされていて(息子のせいだけではないと思うが)、ほとんど話もできず、また来年も来てくださいね、とはもちろん、言われなかった。
最後に、クラスメイト一人一人が書いた絵入りの手紙を文集のようにまとめたものを渡される。『いっしょにあそんでくれてありがとう』、『また遊びに来てね』、『フランスでがんばってね』という言葉が並び、これにはじーんと来た。

文集
(クラスメイトからの言葉が寄せられた文集)

その日は池袋で、友人と待ち合わせをしていたが、その前に約束通り、東武のおもちゃ売り場に行くと、息子はレゴ・シティの白バイパトロール(500円なり)を一つ選ぶ。親の懐具合に気遣う孝行息子なのだ。ただ、買い物の後、一言、「学校は嫌いだからもう行かない」。レゴ・シティのために我慢して通っていたのだろうか。

ところが、フランスに戻ると、息子はさっそく、ホースから七色の虹が出ている絵を描き、まもなく、「2010年は日本の学校で2年生になる!」とまで言い出した。我が家は2年に1度しか帰国しないし、今回の学校に再び体験入学を頼む勇気はない。ひょっとして、最初で最後の日本の学校への入学経験かもしれないが、少しでも楽しかったことが思い出として心に残ってくれれば幸いである。

日本の小学校への体験入学~前編~

 日本帰国について書くなら、この話題を避けて通るわけにはいくまい(と、誰に強制されているわけではないが)、この夏の帰省のメイン・イベントとも言える、息子の日本の小学校への体験入学。

 私の高校時代の友人の子ども(次男がうちの子と同じ年)が通う、品川区の小学校へ7月の2週間、息子を通わせることになった。フランスの学校は7月あたまから夏休みなので、6月末から7月頭に帰省して、日本の学校が夏休みに入るまでの2~3週間の間、子どもを体験入学させる、という日仏家族が少なくないのだ。この品川区の小学校は私の姉の家からも遠くない、ということもあり、区の教育委員会とコンタクトを取り、友人から校長先生に話を通してもらい、無事、入学許可をいただいた。

 息子はこの4月から進研ゼミ小学講座『ちゃれんじ1年生』の通信講座を受けていて、教材のDVDで日本の小学校の様子が紹介されていたり、紙製のランドセルの付録がついていたりで、「日本の学校、行きたい」、「ランドセルほしい」と繰り返していたのだ。

すでに書いたように、うちの息子は発達障害の疑いがあり、フランスで療育センターに通っている。ただ、読み書き算数は日仏語ともよくできて、週一回通っている日本語補習校の先生に体験入学のことを話したら、「1年生の漢字と計算は完璧だし、最近は態度も落ち着いてきたから大丈夫でしょう」と太鼓判を押していただいた。また、日本でも発達障害の子どもが増え(教室で床に寝てしまう子、落ち着きなく授業中に廊下に出るような子がたくさんいるなどという、まことしやかな話も耳にしたし)、フランスに比べて支援もしっかりしているらしい(発達障害支援法もできたし)と聞いていたのだ。・・なんて、実は自分に都合のいい情報だけを頭にインプットしていたのかもしれない、と日本に行って、気づくのだが。

成田に着いた翌日、フランスでは体験したことにない蒸し暑さの中を、電車を乗り継いで教育委員会に行き、受け取った書類を持って入学先の小学校に向かった。ちょうど時差ボケの一番つらい14時頃、校長室に通されると、ぐったりとした息子は突然、いすを二つ並べ、横になってしまう。そこにミニスカートをはいた女性の(当然)校長がにこにこしながら近づき「こんにちは」。それに対して息子は「邪魔だ!」と怒鳴ってしまい、副校長(男性)、担任の女の先生(私と同じくらいの年齢か少し上か?)の顔がひきつる。「時差ボケが一番つらい時で・・、私も頭がふらふらで」と慌てて言い訳する。実はこの時、「邪魔だ」と言いながら、校長先生を蹴とばしていたことを(私のいた位地からは死角で見えなかった)、その時同行した姉から後で聞いて、ぞっとする。
 友人には、その日に会って、発達障害の話をすると、「うちの学校は他の区から越境通学する子もいるような評判のいい学校で、発達障害の子の話なんて聞いたこともない」と言われる。発達障害を素行不良のように扱われ、戸惑うも、じゃ、発達障害児が日本で増えている、っていうのは私の希望的(?)観測と、不安になった。

 息子は書類提出をした翌週から、通学することになっていた。その前に、まずは剣道具屋に防具の注文に行き、その後、神奈川の実家への里帰りし、それから伊豆白浜で数日間のんびりすることになっていたのだ。

“蹴り”の翌日は剣道具屋に行くついでに、池袋で買い物をした。東武のユニクロを見ている間、息子はパパに連れられて隣のおもちゃ売り場に。買物を済ませ、私が二人に合流した時、息子はウィンドゥに飾ってあったレゴ・シティの警察シリーズにうっとりと見入っていた。そこで、一計・・、「7月6日からの2週間、学校でいい子にしていたら、17日にレゴ・シティを買ってあげる」と息子に告げる。息子は小さい頃から数字に異常なほど関心を示し、数字と関連させると物事を把握、記憶しやすい性質がある。例えば、一度遊びに行った友達、親戚の家は全て番地を記憶し「○○番地の家」と呼ぶ。レゴ発言に夫は眉をひそめ「警察シリーズはトータルで3万円って書いてあったぞ!」。シリーズのうち、警察ヘリコプターと護送車は去年のクリスマスに義兄から、警察トラックも去年の誕生日に義母からすでにプレゼントされていた。しかし、一番高い警察署本体は持っておらず、これが1万6千円もする。・・ご褒美には、ちと高い。
 
 翌週の月曜日、姉からプレゼントされた黒いランドセルを背負って息子は学校に向かうも、いざ、校舎に入ると、緊張で顔が硬直し、「学校は嫌だ!」。親としては1日だけでも授業を受けさせて、どうしても無理なら止めればいい、という腹積もりであったが、それを本人に言ってしまうと、これ幸い!と1日で止めかねないので、「2週間、ちゃんと学校でいい子にしていたら、レゴ・シティでしょ」とモノでつる。
教室に入った息子の様子を後ろのドアから夫と、ドキドキしながら見守る。その日はもう一人、アメリカからの転校生がいた。駐在員家庭の子弟らしい、利発そうな日本人の男の子だ。その子と二人で息子が黒板の前に立ち、まずは自分の名前を名乗る。「どこから来ましたか?」の質問に、転校生君は「アメリカです!」とハキハキ答え、息子はもじもじしながら、「日本です」(・・確かに、すでに1週間日本に滞在しているが)、好きな色は?「紫です」とおしゃれな転校生君、「青です」と無難な息子。好きなものは?の質問に「自動車と電車です」と模範解答の転校生君、息子はためらいなく「レゴ・シティです」。すると「オレも!」、「オレもレゴ・シティ持ってるぞ!」とクラスの男の子たちから声が飛び交い、息子は得意げな様子に。

第一関門突破・・、と胸をなでおろし、夫と二人で学校を後にしたのであった。

小学校入学

(懐かしの黄色い帽子)

不況時は本が売れる?

不況の影響とさらに個人的に中殺界のせいか、仕事が来ない。おかげで、あまり本など読まない私が今年はぼちぼち読書をしている。それで、日本帰国の際にもまずはBOOK・OFFに行き本を買い込み(ってほどの量でもないが)、それからアマゾンにも数冊注文した。昔、不況時は本が売れる、って聞いたことがあるけど、こういうことか。

 フランスに戻ると、ヴァカンス真っただ中の7月末、日本からの仕事の発注もなく、すぐに読み始めて、面白かったのが、以下の2冊。

『今日よりよい明日はない』玉村豊男
自分はグルメじゃないし、ワインも興味ないので、この人の書いたものは興味がなかったのだが、農業しながら、歯に衣着せぬ物言いのコラムを書いて(例えば、日本のグルメ番組批判で「高価な料理を」、「くだらないタレントたちが騒ぎながら食べ散らかしている」てな具合に)暮らす、半農半Xの理想形みたいな人生だな、と羨ましく読む。
巻末近くの“流木論”には、人の人生ってその通りだよな、としみじみ。「大海に漂いながら」、「思い描いていたイメージに近い流木が」流れてきたら、「それをうまくつか」む。わが身を振り返り、仕事が来ないと言っても慌てふためいてはいかん、水面にたゆたいながら、読書でもして、木が流れて来るのを気長に待てばいいのだ。(要するに自分から何か事を起こすのは面倒だし、今は何をやってもうまくいかない時、という気がしているのだ)。

『無境界家族』森巣博
日本で、大学のサークル仲間に会って、「うちの子、発達障害らしいんだけど、算数は得意なんだよね」と言ったら勧められた本。作者はプロの賭博師、オランダ人の妻は世界的に著名な人文社会系研究者、息子は元引きこもり、純粋数学の分野で類まれな才能を発揮し、15歳で大学に入り、20歳でカリフォルニア大の教員になり、その後、ヘッジファンドにスカウトされ、超高給取りに(うらやましい・・)。“歯に衣着せない”文章は 玉村豊男の比ではなく、渡部昇一、小林よしのり、江藤淳等(傾向、分かりやすい)の「国民主義者」や「日本文化主義者」を「「突出したあほども」と呼べばよい一群」なんてけなしているが、そもそも、作者が国民主義、日本文化うんぬんを突き詰めて考えるようになった契機が、ハーフ(本書では「ダブル」と息子自身が表現)で適応障害(っていうのも分からん定義だ)の息子を持ったこと。ハーフで適応障害、ってうちの息子と一緒じゃん、で、親の問題意識が高いと、そんな子どもが高給取りになる?なんて夢を見てはいけない。所詮は、持って生まれた素質に大きく左右されるのだ。これは健常児(って言葉は嫌いだが)でも発達障害児でも同じことだ。
 さて、作者によると博打にも長いスランプ時期があり、この時はいい“流れ”が来るのを待ちながら“死んだふり”をするのがいいそうだ。なるほど、仕事が来ない間は、変に企画書なんか作成したりせず、何もしないのがいいのだ、と全て自分の現状に照らし合わせながら考える。まあ、読書ってそういうものだろう。

パリー東京間、飛行機内で

1か月ほど、日本に帰国した。フランス人の義理母に「パリー東京間は、12時間くらい」と話したら、「とても長いのねぇ」と驚かれた。しかし、私が初めてフランスに来た、25年前は直行便なんてものはなく、JALのアンカレッジ経由で24時間近くかけて、パリに到着したのだ。
その後、フランスには旅行で2度ほど来て、13年前に住み始めてから、里帰りすること7度。今回はパリー東京間が妙に早く感じた。ずっと眠っていた、というわけではなく、ひとえに各座席に設置されている個人モニターのおかげである。7歳の息子はこれでずっとゲームをして(普段、家ではゲームはさせないので、ここぞとばかりに浸っていた)、それに飽きるとアニメ映画を見たりと、大人しく座っていたので、おおいに、助かった。25年前には(いつ頃までそうだったか、覚えていないが)、選択の余地なく、大型スクリーンに写し出されるものを見るしかなかった。当時、子ども連れで日本に帰る親たちはたいへんだったろうな・・。
私は、行きは邦画『20世紀少年』の第一章を見て「え?続きは?」と第二章を見たのだが、途中で成田に着いてしまった。うー、新聞や本なんて読まずに(少し眠ったし)、先に映画を見ればよかった、と後悔する。
帰りの映画プログラムには、残念ながら、『20世紀少年』は入っておらず。邦画『エレキの若大将』、『BABY BABY BABY! ベイビィ ベイビィ ベイビィ』を見る。そして、最後にぎりぎり間に合うかな?とハリウッド映画『そんな彼なら捨てちゃえば!』を見始めたのだが・・、たぶん、ラスト5分くらいが時間切れで見ることができず、うー、あとほんの少し飛行時間が長ければよかったのに、なんて思った。

そういえば、同時多発テロの直後って、機内食のナイフがプラスチック製になっていた記憶があるが、今回は、ステンレス製に戻っていた。また、液体類の機内への持ち込みも禁止されたはずなので、化粧水からコンタクトの洗浄液まで全て、スーツケースに入れて預けた。ところが、チェック・インの際、前にいた人は透明の袋を渡され、そこに化粧水らしきものを入れていた。のど元過ぎれば熱さを忘れる、ということなのか、過剰反応への反省なのか?

ナイフといえば、去年、ライヨールで買ったナイフを、行きはちゃんとスーツケースに入れておいたのに、帰りはなんと機内持ち込み用カバンの中に入れっぱなしだったため、中部国際空港の保安検査場で没収されてしまった。柄が桜の木で、YUKAと彫ってもらった、お気に入りの品だったので、大ショック!夫にはさんざんバカにされ、「日本でナイフが必要になれば、100円ショップで買えば済むことじゃないか」と言われる。確かに、それなら没収されても惜しくないよね。高い勉強代がついてしまった。

上高地

(日本滞在中に出かけた、上高地)

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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