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義母のロングブーツと、老後のガンダルフ・ファッション

クリスマス・イヴはレンヌ郊外にある義父母の家で過ごした。12年前から毎年必ず、イヴかその前日から義父母の家に泊まりに行き、イヴはそこで、義父母と義理兄夫婦とその息子(つまり私にとって甥)と義理姉のお母さんと一緒に祝う。7年前からうちの息子がそこに加わり、今年19歳になった甥っ子を見て、初めて彼に会った時、ちょうど今の息子の年齢だったのだわ、としみじみ。その時はまだ60代だった義父母は今、義父81歳、義母76歳。定年後の自由な身で、夫婦二人でよく旅行をし、スペインまで車を運転していった元気な義父が、数年前にパーキンソン病を患い、今では杖にすがって歩き、外出もしなくなり、すっかり元気がなくなってしまった。

「パピー(おじいちゃん)の病気のせいでもう、どこにも遠出はできないし、短時間の外出もままならないわ」と嘆いていた義母はインターネットを始めたところ、すっかりはまってしまい、私にも頻繁にメールやデジタル写真を送ってくるし、手料理を褒めると「このレシピはネット上で見つけたのよ」なんて得意げだったり。それに友達と映画を見に行ったり、一人でショッピングに出かけたり、とけっこう活動的である。家事負担を軽くするために、一時期、派遣の掃除婦を雇ったが、「ものをしょっちゅう壊す人で、かえってストレスになるから辞めてもらったわ」と結局、家事も一人でこなしている。言い古された言葉だけど、女は強し、男より状況変化にうまく対応するのだ。
また、義母は相変わらず、いつもきちんとメイクをして、3週間に1度は美容院に行き、髪を染めている。服もけっして高価なものではないが、コーディネートにこだわり、バッグ、帽子、アクセサリー類もちゃんと服に合わせたりとおしゃれだ。

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(たくさんのプレゼントに大喜びの息子)

クリスマス・イヴの翌日、もしくは翌々日に義父母宅から車で5分の義兄夫婦のところに集まってランチをするのも恒例行事で、今年は26日に、4時間ことことと煮たというテット・ド・ヴォー(牛の頭肉)をごちそうになった。シラク元大統領の好物だったらしい。義母は黒のタートルネックセーターに、黒のカルソン、黒革のロングブーツという、今時のいでたちであった。流行もちゃんと追っているんだ、と感心し、「そのブーツ、素敵ね」と私が褒めると、「3年前から履いているわよ」!と、昔からおしゃれに興味のない私は、人の服装にもあまり注意を払わないのであった。
 気づけば、学生時代からGパンを基本に、カジュアルな服にほとんどスッピンで過ごして着た。若いうちは(って、もう若くはないんだけどさ)、それでも許されたけど、おばあちゃんになって、カジュアルすぎるのは、みすぼらしく見えるのでは?(そもそも70歳過ぎて、Gパン履くかな?)年取ったらもう少し衣服に気を遣おうか、と思うが、義母にしても若い頃からの積み重ねで今のおしゃれセンスがあるのだろうから、いきなり年をとってからおしゃれをしようというのは無理な話だろうな。それなら、カジュアルの究極を行き、世捨て人ファッション、真の山姥ファッションを目指してやろうか、とも考える。一昔前にはやったコギャルの山姥ルックでは、もちろんなく。
 イメージとしては灰色のガンダルフだ、『指輪物語(ロード・オヴ・ザ・リング)』の。グレーの麻か素材のすとんとした長いワンピース(楽そう)に、茶色のウォーキングシューズに太い杖、冬は同色の長いコートにスパッツ、とも布でできた帽子から長いくしゃくしゃの白髪をなびかせて歩くのだ。・・おこもさんに間違えられたりして。
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ビズ最新号は、冬を乗り切る健康法

この水曜から金曜にかけて配布しました、ビズ・ビアンエートルの最新号は“冬を乗り切る健康法、自然派サプリ”特集です。
 
 冬がつら~い季節に感じられるようになったのは、フランスの気候のせいか、はたまた年齢のせいか・・、たぶん両方だろう。寒さ以上につらいのは太陽がほとんど顔を出さないこと。これって、精神的影響が大きいんだよね。また、今年は11月まで穏やかな日続いて、暖冬かな?と思っていたとたん、急に寒くなって、大雪!その上、我が家からパリに出るのに使っている郊外線A線のストが始まり、気がつけば12日も続いている。ありがたいことに我が家の近くには国鉄SNCFも通っているので、それで何とかパリに出られるが、本数は少ないし、乗り換えが面倒だったり、と不便なことこの上ない。さらに今年は大不況で仕事が減り、おまけに新型インフルエンザの恐怖も重なり・・、といつにもましてつらいつらい冬である。
 と、考えれば、この特集は実にタイムリーだったかも。冬季鬱病に効く自然派サプリメントから、リュミノテラピー(光療法)、冷え性緩和のセルフマッサージ、冷え性改善に役立つ柔軟体操もどきの真向法、と冬を乗り切る心身に効く健康法が満載なのだ。

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 ちなみに私個人の健康法は剣道で週に2回汗を流し、(雪のせいで、この週末は行きそびれたが)あとはインフルエンザ予防に効果が高いと評判の、キク科の花、エキナセアのサプリを毎朝飲み、また、免疫力を高めるハーブティをパリのビオショップ、SAGASHIRAでブレンドしていただいて、それを午前のティータイムに飲んでいる。あとは野菜やくだものを意識してたっぷりとり、寝るときは湯たんぽを足元に置いて、足を冷やさないようにする。
 ビズの配布が終わり、ほっと一息ついているところなので、こういう時に病気ってかかりやすいんだよね。幸い(?)不況で、仕事もほとんどないので、いつもより、多めに睡眠をとっている。これで風邪、インフルエンザ対策は万全じゃ!
病は気からというから、これだけ気を付けていれば、病気の付き入る隙はない!と自分に言い聞かせつつ、予防接種なんぞにはたよらず、春の訪れをじっと待つのだ。

和太鼓

この日曜日にアソシエーションWadaiko MAKOTOの年次総会に参加してきた。Wadaiko MAKOTOとは、日本の大江戸助六太鼓に所属していた窪田サランドル真理子先生が和太鼓教室を開き、同時に真理子先生率いるWadaiko MAKOTOという日本人、フランス人混合のチームが中心となって演奏活動を行うためのアソシエーション(非営利団体)である。

何を隠そう(隠していない)、私はこの夏から和太鼓を始めたのだ。今年4月にコンサートを見て、真理子先生とWadaiko MAKOTOチームの演奏を聴いて、涙がぼろぼろ出ちまって、それで、その場で入会を申し込み、一緒にいた夫に「やりたいことが全てやれるわけじゃないんだぞ!」とすっかり呆れられた。

どうもこの年齢になると、若い時なら「いつか時間が出来た時に」なんて悠長に考えていただろうことに、「今やらなきゃ二度とやれない」という気持ちをもつことがたぶんにある。私より一つ年上の知人女性が、「そうなのよ、年をとると落ち着くのかと思ったら、ますます貪欲になっちゃって」と同感していた。

それで、6月になってようやく月曜の午後クラスに席が空いた、と連絡があり、いそいそと出かけた。定員7人のグループ練習だが、ほとんどのメンバーが社会人なので、仕事の都合で来れなかったり、とその日によって参加者の数や顔ぶれが異なる。かくいう私も今年は不況のせいで仕事が激減したにも関わらず、なんやかんや用事が入って、月に2回くらいしか通えない。そもそも、練習場所はパリの東郊外、我が家からはパリを横断して、片道1時間半近くかかるので、これは熱意がないと続かない。ただ、次第に他の参加者と話をするようになると、東西南北の郊外から通っている人もいれば、なんとブリュッセルから通ってくる兵がいることも分かった。

さて、私は学生時代、ドラムをやっていたので、和太鼓だってそれほど難しくないだろう、と思っていたのだが・・、同じ太鼓とはいえ、和太鼓とドラムではばちの持ち方から違う(そもそも20年もばちを握っていないし)、力の入れどころ具合も違い、最初の4回くらいは翌日、腕や肩が痛くなり、指の皮もむけた。また、左足でリズムをとって、先生に「左足は踏ん張り足なので動かしてはダメ」と注意されたし。
それでもドラム経験はたぶん、役に立っているらしく、先生にはよく褒められる(元々優しくて、怒ったりけなしたりは絶対しない先生なんだけど)し、月曜午後のクラスは経験豊かな人がそろっていて、レベルが高い。「由香さんならここでもついていける、と思います」とうれしいことも言っていただいた。もちろん、先輩たちよりも簡単な手数を打ちながら、どうにかついていっているのだけど。
しかし、人と(特に上手な人と)一緒に演奏して、この音というかリズムというかドライブ感というか(先生は“気”と仰っていた)がぴったり合った時は、たまらなく気分がいいのだ。

以前も書いたが、私は和物の稽古ごと(って大雑把なくくりだが)としては他に剣道を習っているが、恐ろしいほど上達せず、クラブでは味噌っかす状態である。去年12年目にしてやっと初段に合格した時、審査員の先生たちは私には、「稽古の時より気合が欠けていた」とか、「切り返しで腕が伸びていなかった、ぎりぎりの合格だ」と厳しかったが、夫は審査会の後に「たくさんの人から、おめでとうって言われた。あまり親しくない人からもよかったね、と声をかけられたし・・」と不思議そうな顔をした。夫は剣道五段でパリのクラブで指導までしているのに、その妻は・・、と気の毒がられていたのだ、きっと。

何が言いたいかというと、いつでもどこでも味噌っかすとか、劣等生でいると人生は楽しくない。何か少しでも人より抜きんでている、少なくともまわりと同じレベルに自分はちゃんといる、と思える場があれば自分に多少でも自信を持つことができるのだ。だから、和太鼓は通うのがたいへんでも、仕事が減って懐具合が苦しくてもがんばって続けよう!と思っている。

さて、総会当日は、予算報告、新理事の承認などの文字通り総会の議事が進められ、その後は、会員以外の参加もOKのパーティが開かれた。お菓子をつまみ、おにぎりづくりのワークショップをして、その後、アソシエーションメンバーやその友人、下宿人等々による、色々な出し物が。それが、パントマイム、空手のデモンストレーション、チェロと横笛のアンサンブル、ギター&ハーモニカ(を一人で)の弾き語り、日本人の声楽を習っている男の子二人がオーソレミオをデュエットしたり、と実にバラエティに富んでいた。 
最後はもちろんWadaiko MAKOTOチームの演奏が行われ、太鼓が会場に並んだところで、試演会が行われた。そういえば春のコンサートも、試演会があって、私はそこで初めて和太鼓を叩いたんだっけなぁ・・、としみじみ振り返る年の瀬のできごとであった。
和太鼓パーティ
(最後に行われた試演会)

サンタクロースの存在を疑う年頃

この日曜日に、毎年恒例の日仏家族の会が主催するクリスマス会に参加した。会員とビジターの30家族ほどが集まり、みんなでクリスマスソングを歌ったり、パネルシアターを観たり。今年は新しい試みとして、受付時に子どもたちに栗を5つづつ渡し、それをお金に見立てて、会員のお母さんたちが手作りした、クッキー、ろうそく、松ぼっくり飾りなどが買うクリスマス・マーケットを開いて、好評だった。
クリスマス会の目玉、というか子どもたちが(親たちも?)一番楽しみにしているのはサンタクロースが会場にやってきて、プレゼントを配ってくれること。これは前もってパパやママが自分の子どものために用意したもの(に子どもの名前を記しておく)を控室に置いてあるサンタ袋にこっそり入れておき、パパの一人がサンタに扮して、プレゼントではちきれんばかりになった袋をかついで登場し、子どもたちの名前を呼び、一人一人に渡すのだ。親はカメラやビデオを構え、「○○ちゃん、サンタさんの横に立って!」なんて指示(?)したり。
クリスマス会サンタ

 このクリスマス会は、会員の中でも小さい子のいる家族を対象としている。年齢制限はないが、サンタの存在をまだ信じている年頃の子どもたち、というニュアンスだ。
 うちの息子は7歳だが、同じ年や一歳年上の子どもたちも何人か参加していたし、小さい子どもたちに混じってサンタからプレゼントを受け取ることに、何の抵抗もないようだった。
 ただ、私が会場で受付をしていた時のこと。息子と同じ年の女の子が、「サンタさん、いつ来るの?」と聞いてきたので、「もう、少し後かな?遠いところから来るからねぇ」と言うと、「誰がサンタなの?」・・これは、誰のお父さんがサンタ役なの?ということを意味するのだろうか?と、「だ、誰なんだろうねぇ?分からないねぇ」とちょっと動揺してしまったが、幸いにもそれ以上は突っ込まれなかった。
7歳、そろそろサンタの存在を疑い出す年頃か?息子はまだ信じているのだろうか?でも女の子の方がませてるし・・。
kenzoro
(zoroのメイクをしてもらった息子)

去年のクリスマスには息子はまだ、サンタの存在を信じていた。というのは、毎年イヴは夫の実家で義父母そして義兄の家族と一緒に過ごすが、いつもデザートの直前にみんなでプレゼント交換をする。ただ、さすがフランス人のパーティだけあって、夕方7時にアペリティフが始まるが、10時を回ってもデザートにたどり着かない。息子は次第に不安になったらしく、義父母の家に暖炉がない=煙突がないことに気付き、突然泣き出し、サンタはコンフランのお家(我が家のこと、暖炉がある)に行ったんだ!とパニックを起こしたのだ。それで、慌てて息子のプレゼントだけ、寝室(に隠してあった)へ取りに行き、渡したのだが、4つのプレゼント(義父母から、義兄夫婦から、義兄の義理母から、そして私たちからの計4つ!)をあけることに夢中で、「サンタはいつ来たの?」なんてことは尋ねもしなかった。
 
 今年もまだ、サンタの存在を信じているのだろうか?とさりげなく、昨日の夜、「サンタクロースってどこに住んでるのかな?」聞いたところ、「日本!」。あれ、日仏家族の会のイベントでサンタに扮したのはフランス人パパだったのに?すると息子は日本の幼稚園から借りてきた本『かいけつゾロリ きょうふのプレゼント』(原ゆたか 作)を私に見せる。確かにここに登場するサンタは日本語を話し、“よい子ノート”なるものをチェックし、合格点をとった子にプレゼントを渡すのだ。

そういえば、私もサンタがフィンランド人(フィンランド居住者?)なんて子どもの頃は知らなかったし、そもそもサンタは外国人か?なんて考えもしなかったような・・。
サンタの素生や国籍よりはプレゼントの中身の方が重大な関心事なのだ、多くの子どもにとっては。クリスマス会に参加している子の中にはサンタの存在は疑っていても、まあ、プレゼントがもらえるし、しかもちゃんと私の欲しいものだし、なんて考えているおませさんもいるかも。

教会のパイプオルガン・コンサート

ビズ編集メンバーの関藤さくやさんが、パリ17区の教会で、パイプ・オルガンのチャリティコンサートを開いたので、聞きに行った。彼女はライターとパイプ・オルガニストの二足のわらじ、つまり、日本のメディアに寄稿しながら、パリの二つの教会と契約して、ミサ、結婚式、お葬式などの際にパイプ・オルガンを弾いているのだ。ちなみに、彼女、日本の大学で美学を専攻し、仕事で来たパリで、パイプ・オルガンを聞き、突然、パイプ・オルガニストになる決意をし、その勉強を始めたのだという。ライター業もこれまた、数年前に思い立ったという、多才な人である。

天は二物を与えず、って諺を作った人(がいるかどうか知らないけど)はよっぽど、交友関係のせまい人だね。私の今まで知り合った人の中にも2つも3つもの才能を兼ね備えた人、って何人もいる。中には+美形だったり(才色兼備ってやつ)・・。まあ、人の才能や美貌を羨んでいても仕方がない、自分に与えられたものを活かして生きて行くしかないのだ。

と、話を戻して、コンサートの開かれたSaint-Charles de Monceau教会は、19世紀末に建てられたネオ・ロマン式の教会。この日は関藤さんと同じく同教会でオルガンを弾くセバスチャン・メーニュ氏と二人で、リサイタルを開いた。メーニュ氏はパリのコンセルヴァトワールの教師で、作曲家でもある。二人は交互に、バッハ、セザール・フランク、ルイ・ヴィエルヌ、オリヴィエ・メシアン、そしてメーニュ氏の作品(も二人で1曲づつ)を演奏。

教会コンサート2
(なんだか暗くて、分かりにくいけど、上方にパイプオルガンが写っています)

美しい教会内に響き渡る素晴らしいパイプ・オルガンの音色。ああ、私は今、ヨーロッパにいるのだ、と実感するひと時であった。実際、フランスに住んでいると言っても、我が家の書斎には日本語の本や漫画が並び、息子はどらえもんのDVDを見て、夫はフランス人ではあるが、作務衣なんぞ着て、家族で夕食にマグロ丼(息子はマグロが嫌いで、イクラ丼)やおでんを食べている。ただ、旅行や、1~2年の滞在なら、フランスにいる間はなるべく生活から日本的なものは排除しよう、と思うかもしれないが(実際、留学1年目はそんな決意もした)、長期滞在、へたすりゃ永住、となれば、話は別、逆に日本的なものから離れるのが怖くなった感もある。しかも、夫は日本が大好きな人だし・・。

再び、話を戻して、幕間に寄付かごを持った女性が、回ってきた。私は2ユーロ玉を財布の中から見つけておいて、それを入れたのだが、かごの中には10ユーロや20ユーロの紙幣がごっそり!
17区のモンソー公園近くというリッチな界隈である。見渡せば、演奏を聴きに来ている人々も、老カップルが多いが、どことなくエレガントで身なりもきちんとしている。毎日曜日、礼拝に通う敬虔深いカトリック信者の方々なのかもしれない。人種のるつぼ、パリで生粋のフランス人の世界を見た想い・・ってもちろん、関藤さんのお友達の日本人が何人も来ていたのだが。
その後、地下鉄に乗ったら、車両に黒人、アラブ系の人、そしてアジア人がいて、馴染みある世界に戻って少しほっとした気分に・・。うー、私にとってフランスって、一体・・?

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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