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メゾン・エ・オブジェ見本市に出かける

 この土曜日に家具とインテリア用品の見本市、メゾン・エ・オブジェMaison et Objetに出かけた。出展者数が3000近く、会期5日間で来場者数は8万人ほどの、インテリア関連ではヨーロッパ最大級と言われる展示即売会だ。
今回は、皮膚科医の岩本麻奈先生のご紹介で、同見本市に出展中のフェイス・ブラシなどのブラシ類を中心とした道具・小物類のメーカー、Sou Akadaを取材することになったのだ。実は、10年ほど前、この見本市で、フランス企業のブースでバイトをしたことがある。その時は昼の休憩時間に近辺のブースをちらっとのぞいた程度で、いつかゆっくりこの見本市を訪れてみたいな、と思いつつ、月日が過ぎてしまった。

駅から人の流れについて会場にたどりつくも、パビリオンがいくつもあって、まごまごする。受付に迎えに来てくださったSou Akadaの城崎社長と一緒に、館内に入ると、人の多さに圧倒される。土曜日なので、バイヤー以外に一般客も多いのだろう。
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まずは麻奈先生推薦のフェイス・ブラシについて取材。動物の毛と合成繊維を組み合わせ、それぞれの特徴をいかすことによって、肌の汚れを落としながらも、皮脂を取りすぎないように石鹸がうまく泡立つように作られている。社長自ら、泡だてを実践してくださったが、チューブからちょこっ、と出した、指先程度の洗顔ソープがみるみるうちに、夏ミカンくらいの大きさのメレンゲ状の泡に膨れ上がり、びっくり!
Sou Akadaは他にも野菜洗い用ブラシなどを作っていて、これは、野菜をきれいに洗って皮ごと食べられるように、というコンセプトに基づいている。野菜の皮は栄養価が高いし、皮を食べてしまえば、ごみも減る。ただ、化学肥料も皮に蓄積されるので、オーガニック野菜に限るが。その他、洋服ブラシ、料理用はけなども、毛の部分と本体が解体できるしくみになっている。これも、消耗しやすい毛の部分だけを取り換えれば、長く使えるし、最終的に捨てる時もごみの分別がしやすいから。そう、各製品ともエコへのこだわりがあると同時にデザインがスタイリッシュ。社長の考え方に共感する。
取材が終わった後も、同社の女性スタッフたちが私と同年代で、思わずおしゃべりしてしまい、気がついたら、12時半を回っていた。

城崎社長
(Sou AKADAのブースに立つ、城崎社長)

慌ててお昼を食べて、会場内のブースをのぞいて回る。実は、この大不況、特に日本の広告・出版界の低迷ぶりのせいで、末端労働者の私たちの仕事が大幅に減っている。何か新しい分野でビジネスを始めようか、始めるとしたら、今年しかない!なぜなら六星占術によれば、今年から3年は好運期なのだ!と、ない知恵をしぼりながら、今、起業準備、特に情報収集に励んでいる。犬も歩けば棒に当たるではないが、ビジネスのヒントがないかなぁ、と思いながら、インテリア小物、おもちゃ、テーブルウェアのブースが並ぶ界隈をうろうろする。誰もが一度は考えるであろう、フレンチ・グッズの日本への輸出。ただ、子ども用グッズでかわいいなぁ、なんて思った店で、「日本に取引先は?」と聞くとたいてい、「ありますよ」との返事がかえってくる。「日本語のインターネットページもあるよ」なんて会社も。そう、私みたいな素人が、これ、日本で売れるかも、なんて思うものは日本にすでに入っている、と考えて、間違いない。

パビリオンの一番奥の壁際の小さなブースで、石鹸オブジェなるものを作っている若い女性アーティストが、声をかけてきたので、何となくおしゃべり。香りのいい石鹸に人形を載せたり、ブラスチックや木の素材でデコレーションしたりしている。「石鹸の匂いが服の虫よけにも役立つのよ」なんて彼女が言えば、「まさに、最近、セーターに穴があいていて、がっかりしていたところなのよね」なんてたわいもない話をしていたら、最後に、「一つ好きなものを持って行って」、なんて優しいことを言ってくれたので、もちろん、ありがたく、いただく。
石鹸アート
(石鹸アーティストのナタリー)

実は家に戻って、彼女のサイトにアクセスしたら、なんと私の住む町、コンフランに彼女のオフィス(兼自宅かな?)もあることが分かり、びっくり!何か縁があるかも・・。 

この見本市、7つの会場に分かれていたが、私は一つ見ただけで、へとへと。電車の混まないうちに、と4時半に駅に向かう。
夜にはどっと疲れが出たうえ、のどが痛み始める。翌朝にNHKラジオの『地球ラジオ』のワールドテレホンネットワークで話をすることになっていたのだ、しかも生中継で。ま、まずい!とティッシュにティートゥリーとラヴァンサラの精油を一滴づつたらし、(のどの痛みに効く)それを鼻の上に載せて、22時過ぎにはさっさと布団に入ったのであった。

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小林繁の死

いつものようにYahoo!ニュースのトピックスのタイトルを見ていたら、“小林氏急死”、
“江川氏「申し訳ない気持ち」”の文字が目に飛び込んで来る。江川が「申し訳ない」、ってことは、まさか、小林繁?でも、江川が他の小林さんにも迷惑をかけていた可能性もある、とわずかな期待をもって、クリックするが、やはり、我が小林繁であった・・。

 私が阪神ファンになったのは、彼のおかげ。それまでは恥ずかしながら、巨人ファンであった。しかし、79年の小林―江川の電撃トレードで、何の未練もなく、私は(小林とともに)巨人を離れたのであった。
 あの日、NHKの朝のニュースで、トレード決定直後の記者会見の様子が映し出され、小林の目がうるうるしていたのを見て、私も鼻の後ろがツーンとした。学校に着くと、私が小林ファンだと知る、あほ男子たちにからかわれ、思わず泣き出してしまい、クラス一の美人、律子ちゃんが慰めてくれたのだ。多感な中学時代のせつない思い出である。
 
思えば、巨人のことはファンってほど、好きではなかった。一方、阪神にはのめりこんだね。さっそく月刊タイガースを購読し、タイガースカレンダーを部屋に飾り、毎日、新聞の試合結果をスクラップし、選手年鑑を繰り返し眺めるうちに選手全員の奥さんの名前まで覚えちゃったし・・。
また、隣人夫婦がトラキチだったので、私が阪神ファンになったと聞いて大喜びし、神宮や横浜スタジアムの阪神戦によく連れて行ってくれた。朝、挨拶代わりに、私が「佐野が昨日で10試合連続安打ですよね」。なんて言うと、「ゆかちゃんはファン1年目とは思えないほど、研究熱心(?)だ!」なんてほめてくれたっけ。
ただ、私たちが球場に足を運ぶと、阪神は必ず負けた、というかその夫婦が行くと、だったのか?79年、阪神は8月の死のロードを勝ち越して甲子園に戻って来たが、なんとその後、甲子園で0点負けが6試合ほど続き、優勝戦線からすっかり脱落してしまった。そう、その時、お隣のご夫婦ははるばる甲子園球場まで泊りがけで出かけていたのである。
 
小林は阪神に移籍した年、22勝で沢村賞を受賞し、巨人戦は負けなしの8勝。
一度、不覚にも巨人阪神戦があるのを忘れていた、ある金曜の夜。偶然テレビをつけると、小林がマウンドに立っていて、1死満塁!まずはバッター・ボックスの打者を内野フライに抑え、2死になった時のバッターは、確か山本功児だったと思う。2ストライク3ボールから、小林が投げたのは、ストレート、真ん中、はっきりと分かる高めのボール。これにつられて、山本は見事に三振。すごい度胸!と乙女心がしびれたねぇ。

その翌年、運よく、隣人夫婦に連れて行ってもらった神宮球場の試合で小林が投げ、通算100勝をマークした。ウィニング・ボールをかっこよく、バックスタンドに投げ入れた姿が思い出される。

現役引退した後に、事業で失敗して破産した、なんて話も聞いたが、野球は続けていたのね。今年から日本ハムの1軍投手コーチになる予定だった、と訃報記事で知った・・。57歳だって、早すぎるよね・・。

フランス好きが集まるSNS、C’est moiセ・モワ

知人が、フランス地域SNSを立ち上げて、その宣伝、メンバー集めに協力している。

SNSの代表的な存在といえば、MIXI。ところが、最近、海外在住者は入会できないらしい。何でも、日本の携帯電話(番号)を持っていないと入れないそうだ。私は幸い、そんな制限のない時代に入会した。と、言っても今じゃほとんどログインしていないけど。
 MIXI内にフランス関連コミュニティはたくさんあるが、フランスに住んでいて、この入会制限規定ができる前に登録していなかった人は、アクセスできない。そこで、生まれたのが、セ・モワというわけ。メンバーは在仏日本人、フランスに興味のある在日日本人(って変な日本語だけど)、さらにフランス人の会員も少数ながらいる(みんな、日本語が上手)。
さて、コミュニティは、“パリの自転車生活”、“セ・モワ猛虎会(つまりフランスに住む阪神ファンのコミュ)”、“オペラでランチ”、“バー・カクテル同好会 ”なんていうフランス在住日本人の同好会的な要素の強いものから、旅行者にも役立ちそうな“パリのレストラン”、 “パリのマルシェ”、さらにフランスで働きたいと考えている人に心強い“フランスでおしごと”、“滞在許可証”など。

現在、会員は400名に満たず、まだ和気あいあいと言った感じで、メンバー全員を対象にした飲み会なんかも開かれている(残念ながら一度も顔を出したことがないが、けっこう盛況らしい)。

 ちなみに私が入っているコミュニティは、“映画好きのコミュニティ” ,
“売ります・買います マーケット” 、“発達障害児の子育て in France”、手前みそな “Bisou応援団”、そして当ブログにコメントを書いてくださっているMelody021さんを巻き込んで、“Christoeph Willem好き!”などなど。

興味のある方、入会を希望される方は
http://cest-moi.fr/?m=portal&a=page_user_top
<個人会員用招待状申請フォーム>をクリックしてください。

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フランス人的?大晦日・元旦の過ごし方

あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

大晦日から2泊3日で、夫の中・高校の同級生アレクシーとその妻イザベルが、大聖堂で有名なシャルトルから20キロくらいのところにある貸別荘に招待してくれた。大晦日の夕方4時過ぎに家を出て、2時間半ほどかかって着いたその貸別荘は、畑の真ん中にぽつんと立っていて、住所が郵便番号、村名の後に“畑40番地”とあった。39番地や41番地っていうのはきっと家じゃなくて、畑の番号なのだろう。

招待の名目は大晦日+アレクシーの50歳の誕生パーティ、ただ、誕生日は4月2日だというからほとんど、こじつけ。10年前の4月に、リヨン近くの貸別荘で、アレクシーの40歳の誕生パーティをイザベルが企画し、私たちと、当時独身だったアーノルド、ヴァンサンという二人の同級生仲間が招待された。今回も同じメンバーで、アーノルドは奥さんと娘二人を連れて来ることに。ところが相変わらず独身のヴァンサンは間際になって、両親と兄弟が彼のために誕生パーティを1月1日(彼の本当の誕生日)に、準備していたことが分かり、来られなくなった。それで、代わりにアーノルドの独身のお姉さんサブリナが参加することに。

シャルトルジット
(農家をリフォームした貸別荘)

アレクシーが前日に電話してきて、「アーノルドの娘は6歳と8歳で、二人とも日本のアニメが好きだから、日仏ハーフの男の子が来ると聞いて喜んでいるらしい」!息子と同じ年頃の子どもが来ると聞き、安心すると同時に不安になる。発達障害の息子のことだ、二人とは交わらず、自分の世界に閉じこもってしまうのでは?または、女の子たちに「この子、変!」とか言われて相手にしてもらえないのではないか?
息子には前もって、「女の子が二人来るよ、仲良くしてね」と言い聞かせながらも、一人になっても退屈しないように、ドラえもんのマンガ1冊と、お絵描き道具を鞄に入れる。

さて、先に貸別荘に着いていた女の子二人を見つけると、息子は躊躇することなく、リュックから自作のすごろくを取り出して、「これ、やろうよ」と積極的に声をかける。ずいぶん成長したのだ、とうれしくなる。ところが、だいじな駒(女の子たちが喜びそうなアンパンマン、ドキンちゃんなどの人形)を忘れ、ミニカーで代用。女の子たちはけげんそうな顔をしながらも、さいころをふり、息子が駒を進めてあげている。なんせ、日本語で“ふりだしにもどる”とか“一回休み”と息子のへたな字で書いてある。思わず、「ちゃんとフランス語で説明してあげてね」とささやくと、「分かってる!」と息子はむっとする。
結局は、3人で仲良くごはんを食べ、その後もかくれんぼしたり、お絵描きをしたり。息子が妹ちゃんに押されて転び、大泣きするハプニングもあったが、ちゃんとフランス語で会話し、ずっと一緒に過ごしていた。

シャルトルブランコ
(寒空の中を元気に遊ぶ、子どもたち)

 さて、大人の方はというと、大晦日のパーティは夜8時頃から始まり、まずはソファに座ってシャンペン片手におつまみを食べながら、おしゃべりが始まり、これが1時間くらい続く。次にテーブルに移って、フォワグラ。ワインはフォアグラにお決まりのソーテルヌではなく、別の甘口ワイン(ワインには詳しくないので、名前は知らん)。次にイザベルお手製、魚のテリーヌに白ワイン。実はテリーヌを食べている間に0時を過ぎてしまった。普通なら、カウントダウンして、0時ちょうどに、みんなで「新年おめでとう」と頬にキスをしあうのだが、テレビもラジオもつけていなかったので、0時半頃に、「あれ、0時過ぎてる」と誰かが言ったが、そのまま、おしゃべりが続いた。そしてシカ肉、去勢鶏肉に赤ワインと続き、チーズとともにさらに別の赤ワインが出て、最後にデザートに洋ナシのクランベリーとろうそくの立ったチョコレートケーキが出てきた時には2時を回っていた。
 そこで、アレクシーに誕生プレゼントを渡し、デザートを食べ終わった時には3時。明日の朝は胃がもたれるだろうな、と思っていたら、アレクシーがウォッカの壜を出して来て、「抜群の消化効果があるから」。お酒に弱い私も、スプーン一杯程度をすする。すでに半分眠っていた私は、そこで寝室に引き下がる。夫たちは、昔話で盛り上がり、朝、5時半まで起きていたそうだ。

 元旦の朝、気づいたら、11時近く。ウォッカの威力は素晴らしく、胃もたれもなく、すでに空腹感が。夫、子どもを部屋に残したまま、一人でリヴィングに行くと、テーブルにはコーヒーカップやパンが並び、やはり前夜(というか朝)に早めに退散したアーノルドの奥さん、ミュリエルが一人本を読んでいた。一緒にコーヒーを飲んでパンを食べ始めると、一人二人と次々に起き出して来て、また、そこでおしゃべりが始まる。
 
フランスでは、こういう集まりの時に、みんながおしゃべりしているところで、誰かが本や雑誌を広げて一人読み始めたり、ふいに庭に出たりしても、誰も「和を乱す」と気にしたりしない、私なんか、1時間ほど、寝室に引き下がって昼寝までしたし。

15時頃に遅い昼食で、生ガキを食べ始め、白ワインを飲み、その後、イザベル手製のチョコレート・パウンドケーキ、うちの夫がパリのトルコ街で買ってきた、トルコのお菓子ルクム、バクラバを食べながら、お茶を飲む。というのも夫たちは学生時代にバックパックで一緒にトルコを旅した仲間なのだ。その思い出話に、再び花が咲く。
 
食事はホストであるアレクシーとイザベルが作るが、各人が、お皿を運んだり、野菜を切ったり、汚れたお皿を食器洗い機に並べたり、と手伝いをする。男性軍も皿を並べたり、パンを切ったりを当り前のように手伝っていた。日本でも正月三が日は、こんな感じで親戚や知人が集まり、おせちを囲んで飲んだり食べたりしているだろうけど、私の子どもの頃の記憶では、女性群が食事を作って運び、後片付けもし、男たちは座りっぱなしで、飲み食いしていたような。最近は日本の男性も変わったかもしれないが。

 元旦は一日中、天気がよかったが、恐ろしく寒かった。窓から隣の放牧場にいる馬や牛が見えたが、あまりの寒さに誰も散歩に出たがらず、子どもたちが庭のブランコで遊んだり、馬をなでたりした程度。
 一日中、運動もせず、家にこもっていたにもかかわらず、夜10時近くにまた、みんなテーブルにつき(誰も、夕食はけっこう、などとは言わない)、オムレツと昨日の残りのシカ肉、チーズ、ケーキ類を食べ、この日は昨晩の睡眠不足も手伝って、1時前にはみんな床に就く。

最終日はみんな早起きで、10時には食卓に着き、その後、荷づくりにかかり、12時に鮭のカルボナーラ・スパゲッティを食べ、アーノルド一家とサブリナをシャルトルの駅へ車で送り、私たちもそこから帰路に着く。

食って飲んで、おしゃべりして、寝ただけの2泊3日であったが、くつろげて楽しかったし、女の子たちが息子と仲良く遊んでくれたのも、うれしかった。発達障害のことは言わず、最後にイザベルも、「子どもたち3人、気が合っていたみたいね。」
今年はこの調子で、学校でも他の子どもたちとコミュニケーションできるようになることを願うばかりだ。

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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