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外壁の改修工事が始まる・・

築50年近い我が家は、外壁がかなり汚れている。4年前、越して来た時にすでに汚かったが、お金もないし、貧乏くさいおかげで泥棒に目をつけられなくて済むわい!などと開き直っていた。その代わりに、塗装工事屋には目をつけられやすく、「塗り替えませんか?」、「洗浄だけでもしませんか?」と数多の飛び込みセールスが。そのたび、「引っ越したばかりでお金がないので」、とか「私は失業中なので」、とか「夫に相談するから名刺だけ置いていって」、などとテキトーに断っていた。
先々週の火曜日も、同じパターンで、11時頃に、ペンキで汚れたつなぎを着た少し目つきの悪い工事屋のお兄さんが、呼び鈴を鳴らした。そして、この近くで数件の家の外壁をまとめて塗って、ペンキが余っているので、割安価格で塗装できますよ、とセールスされる。夫が買い物に出ているから、私では答えられない、と言うと、「じゃ、今日15時にまた来ます」と去る。
フランス人はルーズな人間が多いし、どうせ、来やしないだろう、と思っていたら、15時ちょうどに呼び鈴がなる。夫のことだから、うまくあしらうに違いない、と考えていたら、何とニコニコしながら工事屋さんを家に入れて「見積もりをしてもらう」。
つい最近、二軒隣の家が外壁をきれいに塗り変え、「見違えるねぇ」と言ったが、「じゃ、うちも」とは一言も言わなかったくせに・・。確かに提示された金額はそれほど高くないし、壁はあまりにも汚いし、分割払いで構わないと言ってくれた。まあ、ちょうどいい機会か・・、と、翌日の夕方に契約書を持って来てもらうことに。

さて、その翌日、テレワークで家にいる夫が、外出先の私に電話をして来て、「見積もり書に載っていた税務署番号をWEBでチェックしたら、住所が違っている、怪しい。しかもさっき、電話があって、契約と同時に屋根を支える木工部分に使うペンキ代500ユーロを現金で払うように言われた。・・キミ、早く帰って来て、オレが契約書にサインする時に気付かれないように工事屋の顔をビデオで撮れないか?」!後ろ姿ならともかく、顔をどうやって??「とりあえず車のナンバーをメモしておけばいいんじゃないの?」と答えて電話を切るも、自分も不安になってくる。盗難車ってこともありえるし。500ユーロだけ現金で盗んでどろん、ってせこい詐欺だな、なんて考えながら帰宅すると、すでに工事屋さんは帰った後で夫が「とりあえず300ユーロだけ払った。梯子を庭に置いていったから、大丈夫だろう」。見ると、300ユーロの価値はなさそうな汚い梯子だが。

さて、工事開始予定の先週月曜は朝から小雨模様で、案の定工事屋さんは来ない。夫の会社に電話をすると、「雨だから、明日に延期、ってオレの携帯に電話があったよ」。まあ、向こうから電話して来たなら・・。ところが翌朝は晴れにも関わらず10時を過ぎても来ない。夫に催促に電話をかけてもらうと、「今、向かっているところ」と答えたらしい・・、蕎麦屋の出前か。
11時過ぎにのこのこやって来た工事屋さんは「今日は洗浄だけ」とホースで壁に水をかけ始めるが、外から居間の木製シャッターを強引に閉めたため、シャッターの手回しハンドルが、レースのカーテンを勢いよく巻き込み、はずみでカーテンランナーがいくつか割れる。このカーテンランナー、古いタイプで、以前、見本を持ってデパートや洋裁店を回ったが、もう製造されていないと言われたものなのに!その日は1時間ほど壁を洗浄してさっさと帰るが、どう見てもきれいになったとは思えない。

翌日は夫がテレワークで家にいたのだが、工事屋さんは共同経営者らしい相棒とやって来て、屋根に上り、「屋根の端部(けらばと言うそうだ)のセメントがぼろぼろで落ちかねないから、これも塗りなおして、袖がわらをはった方がいい」と言いだす。近所の家を見渡すと、確かに袖がわらをはっていないのは、我が家だけである。
当然、見積もりは2倍以上にはねあがる。夫いわく「壁は汚いだけで済むが、けらばのセメントのかたまりが落ちてきて、KENの頭にでもあたったらたいへんだ!」。私の頭に落ちてもたいへんなんだけど・・。「契約通り塗装だけしてもいいけど、もし屋根を直すなら、そちらを先にしないと、塗りなおした壁が汚れてしまう。他の工事の予定もあるので、すぐに決めてほしい」と工事屋さん。・・商売上手だ。私たちが躊躇していると、「1時間ほど近くのカフェに行っているから、その間に決めてくれ」、と言って、最後に「500ユーロだけならまけてもいい」とささやく。この営業の駆け引き、見習わねば・・。
たまたま庭に出ていた隣のムッシューに相談すると、「飛び込み営業の業者なんかに仕事頼んじゃだめだよ、少なくとも他の会社に見積もりをとって値段を比較しないと」。そこに、外出先から戻って来た二軒隣のムッシューも加わって、「地元の信頼できる業者に頼んだ方がいいよ、うちみたいに」・・実は工事屋さんが、この家の屋根瓦の漆喰が途中までしか塗り直されていないのを発見し、指摘していたのであった、ムッシューには言わなかったが。地元業者も信用できん・・。
結局、屋根も直すことに同意し、工事屋さんは「じゃ、明日やぐらを組みます」と言って満足げに帰って行く。夫は新しい見積もりを見てため息をつき、「これから無駄遣いはできないぞ」・・今までだってかなり倹約生活を送っているんですけど・・。

やぐら


その、翌朝、つまり先週の木曜日、また工事屋さんは10時を過ぎても現れず、いらいらした夫が電話を入れると、「そちらに向かっているところです」。30分後にやっと来て、やぐらを立てたと思ったら、「工事は来週火曜日からとりかかります」!

この調子だと、いつ工事は終了するのか、そもそも本当に始まるのか?毎朝、今日はちゃんと工事屋が来るのだろうか?と不安を感じて過ごすのか?なんて考えると憂鬱。
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重曹掃除にはまって

7月に日本から遊びに来たSさんとごはんを食べに行った時に、何がきっかけだったか、重曹の話になった。彼女は食器洗いから、掃除に利用するのはもちろん、お風呂にも入れているのだとか。そういえば、私もビズ・ビアンエートルのエコ掃除特集で、重曹について記事を書きながら、自分ではまだ一度も使ったことがなかったよなぁ、とさっそく、エコショップに玄米を買いに行ったついでに重曹を購入。
 
 ちなみにフランス語で重曹はBicarbonate de soude。袋上に使用法が記され、複数のサイトに色々な利用法が紹介されています、と書いてあるが、サイトアドレスも何も紹介されていない、いい加減だなぁ。
 ネットで検索すると(日本語で)、重曹を使った掃除法を紹介するサイトが山ほど見つかる。日本人フランス人を問わず、重曹の愛用者は多いのか。

重曹

さて、サイトに載っている、いくかの使用法をメモって、まずは我が家のきっちゃないキッチンをアタックしてみたが、その効果のほどにビックリ!ガスコンロの真っ黒くなった焦げ汁後には、重曹水に浸したキッチンペーパーを数時間貼った後にスポンジでこすったら、驚くほどきれいになった。元がひどかったので完全には落ちないが、これ、何回か繰り返せば、新品同様にきれいになるかも。重曹を使った拭き掃除は「ぬらした布に重曹をふりかけてそれでふくだけ」、とサイトに紹介されていたが、それだけで落ちるの?と半信半疑で試したら、驚くなかれ、キッチンのタイルから、エスプレッソマシーン、魚焼き器、ゴミ箱の蓋まで、軽くこするだけで、ぴかぴかになるではないか!木目の戸棚も汚れが落ちるだけではなく、光沢が出るのだ。
・・重曹の威力を知らなかったとは、今日まで、なんて無駄な人生を過ごしていたんだ、と思えるほどに感動してしまったよ。

ご存知のように重曹は無公害、胃薬や化粧品の中に含まれていたりする。口に入れられるものだから、掃除にだって安心して利用できる。サボン・ノワール(オリーブオイルを原料にした液体石けん)、レモン、酢に加えて強力なエコ素材が我が家の掃除アイテムにプラスされたのだ。

 仕事そっちのけで(実は仕事から逃避?)夢中になってキッチン掃除する私を見て、最初は怪訝そうな顔をしていた夫も(なんせ、私は掃除が苦手だし、嫌いで、最低限のことしかしない)、見違えるようにぴかぴかになったキッチンを見て、「きれいになると、気持ちがいいなぁ」と・・まあ、当り前のことなんだけどね。
 
キッチンをきれいに保つコツは、毎日、使い終わった後に、手間を惜しまず掃除すること。確かにガスコンロだって、使用直後ならお湯でさっとふくだけでも汚れは落ちる。これからは毎日、ちゃんと掃除して、後は月に一度くらい重曹を使った大掃除(っていうか中掃除くらい)をすれば、キッチンはいつもぴかぴか。・・、計画するは易し、実行するは難し、なんだけどさ。

サン・マロの1週間

先週の日曜日から1週間、ブルターニュのサン・マロで夫の両親と一緒に過ごした。
義父は13年前に初めて会った時は70歳を目前にしながら、元気に、家のペンキ塗りなどをしていたが、10年ほど前に発症したパーキンソン病が少しずつ進行し、だんだんと体の自由がきかなくなり、今では座りきりだ。
 今回は義父のための介護休暇。と言っても、義父はまだ、トイレや食事などは何とか自分でこなすし、杖を頼りに少しは歩くこともできる。幸い義母は元気で一人で義父の身の回りの世話をしているが、何せ義父は気難しい人なので精神的に大変らしい。一度、せめて家事の負担を軽減しようと掃除婦を雇ったが、掃除の仕方がいい加減でしかも電気スタンドを壊した、と義母は激怒し、さっさとクビにしてしまった。
旅行が大好きな義母は、会うたびに「私は、もうどこにも旅行できない」とぼやき、「夫が癌にかかっている友人が何人もいるけど、みんな夫婦であちこち旅行しているわ」などと言ってため息をつく。
 そこで、私たちが、義父の世話をするというよりは、義母の介護ストレス解消のために少し手伝いをしよう、ということになった。

義父母は自宅から車で45分のところにあるサン・マロに、海の見えるアパルトマンを持っている。夫によると40年ほど前に購入した時はぼろぼろだったものを、義父が壁紙の張替え、ドアのペンキ塗りから、お風呂やトイレのタイル張りまで全部独りで手がけ、リフォームしたのだという。
数年前までは毎夏、1週間ほど義父母と一緒にこのアパルトマンで過ごすのが、我が家の恒例行事であった。ただ、アパルトマンは建物の最上階の4階、目の前に小さな港があり見晴らしは最高だが、エレベーターがないので、パーキンソン病の義父はもちろん、最近は義母も階段を上るのがつらくなってきた。
今回は、夫と私と息子だけが、このアパルトマンに泊まり、義父母は近くにバリアフリー設備の整ったホテルを予約。昼食後、義父が昼寝をする時間に義母を街へ、海岸へと連れ出し、気分転換してもらう。サン・マロの街をぶらぶらとブティックや土産物屋をのぞきながら散策するだけで、義母は「こんなに歩いたのは久しぶり」とうれしそうであった。
 義母は、「子どもたち(夫とその兄弟のこと)が家にいた頃は、ヴァカンスの時はもちろん、それ以外でも夏場は毎週末、サン・マロに来たし、クリスマスをここで過ごした事もあるのよ」と懐かしそうに話す。

サンマロアパルトマン
(アパルトマンから見える、サン・マロの風景)

また、今回、私たちはアパルトマンに残っている賞味期限の切れた食料を整理する役目を仰せつかう。食料棚からは、3~4年前に賞味期限の切れたマヨネーズ、ソース、菓子、料理用油、酢、コーラ、ビールなどなどがわんさと出てくる。
紅茶のティーパックや紙箱に入ったビスケットなどを、夫は箱ごとゴミ袋に投げ入れるので、私はそれを拾い出し、中身だけゴミ袋に入れ、外箱は畳んで分別ゴミとしてまとめたり。ビン類の中身を全部流しに捨てたり。その後、大きなごみぶくろを抱えて、近くのごみ捨て場まで何度も往復した。

「ほとんど使わないアパルトマンのために税金や光熱費の基本料を払い続けるのは、ばかみたいだから、さっさと売ればいいのに」と夫。5年ほど前に一度、義父母はエレベーター付きで小さめのアパートに買い換えようと計画し、不動産屋に行ったりもしたのだが、いつの間にかその話も立ち消えに。
家族の思い出が詰まっているアパルトマンだから手放し難いのか?と思っていたが、義父の病気が進んだこともあるだろうが、要するに“面倒くさい”らしいのだ。
不動産売買の手続きだけではなく、家具、絵などの調度品、食器類、日用雑貨等々をどう処分するか?夫によると、アパルトマンには屋根裏部屋と、地上階には物置小屋もあり、どちらにも、おもちゃ、家具、日曜大工道具などのがらくたが詰まっているという。
食料庫の整理だけでもけっこう面倒くさかった。これをアパルトマン全体+屋根裏部屋、物置小屋の整理、と考えると私たちでも気が遠くなる。

と、ふと、どんどん物が増える一方の我が家を振り返り、・・今からでも早くはない。いらないものは折を見て整理して、ものを増やさない習慣をつけ、老後は生活に必要な最小限のものだけ(生活が無味乾燥にならない程度の)に持ち物を減らして、子どもに迷惑をかけないようにしなきゃ、などと、と思った。

レモンピールを作ってみた

 夏はジャム作りの季節。我が家の庭にある果物だけでも、桑の実、木イチゴ、ルバーブ、りんごと結構な量のジャムができるのだが、この夏は、南仏で無農薬のグレープフルーツとレモンを買ってきて、夫がマーマレード作りに挑戦した。
その時、レモンの皮は使わず、「せっかく無農薬なんだから、キミ、何か使い道を考えてよ」と勝手なことと言う。
それで、ネットサーフィンして(掃除に使いましょう、なんてHPにも行きあたったが)、レモンピールを作ろうと思い立つ。
 
 まずは、すでに半分に切られているレモンの皮をさらに8等分にして、白い綿の部分を包丁で取り除くが、これにけっこう時間がかかる。そして、だいぶ薄くなったレモンの皮をゆでて水を切り(これを二回繰り返す)、今度は砂糖を加えて煮詰める。それを網の上でからからになるまで乾かす。それにグラニウム糖をまぶして、できあがり。

レモンピール

ちょっと固いが味は悪くない。
しかし、ずいぶん手間暇がかかった割にはレモン4個(皮部分だけだが)を使って、出来上がったのはこれだけ。
ジャム作りも同じで、種をとって、煮て、瓶を煮沸消毒して・・、なんてやっていると、半日はかかる。これなら店で買って来た方が楽かな、と思ったりする。

ただ、その手間暇をかけず楽する、つまり効率を追求した結果が自然破壊につながっているのだよな。私が小さかった頃は、豆腐屋がスクーターで回って来ると、家から容器を持って買いに行った。八百屋では買った果物や野菜は紙の袋に入れられて、それを買い物かごに収めて帰って来た。牛乳は毎朝、瓶入りのものが配達され、瓶は翌朝回収された。そう、牛乳屋で洗って消毒して繰り返し使っていたのだ(見たわけじゃないけど)。それが今では何でもかんでもプラスチック容器に入れられてスーパーで売っている。フランスじゃ、牛乳も紙パック入りが滅多に見つからず、たいていがプラスチック容器だ。ゴミが増えるのは当然だ。ジャム類は幸いなことに瓶に入っているが。
 庭になる果物からジャムを作れば、果物を卸売市場に運ぶ→それを工場に→ジャムに加工して問屋に→スーパーに運ぶ→車でうちまで運ぶ、の全ての輸送から発生するCO2削減に貢献している。瓶は毎年繰り返し作る=リユースだ。何より、農薬を使っていない無農薬の果物である。りっぱなエコロジー活動じゃないか!

 なんて、大げさに考えなくても、要するにレモンピールやジャムを作ること自体を楽しんで、おいしい思いもできた、と単純に感じればいいだけのことか。

パリナビ、オープン

6月から寄稿している旅行情報サイト、パリナビが、この7月末に正式オープンした。ソウル、香港、上海などアジアを中心に12都市で現地情報サイトとして成功を収め、いよいよヨーロッパにも進出し、その第一都市としてパリが選ばれたわけだ。まあ、ヨーロッパ旅行っていえば、最初に頭に浮かぶのがパリだろうな。

パリナビオープン
http://paris.navi.com/

 さて、私が広告・出版業界に足を踏み入れて、20年が過ぎたが、ライターの原稿の入稿方法がその間にずいぶん変化した。
 20年前からすでに原稿はワープロを使って書いていた。パソコンじゃなくて、懐かしのワープロ専用機。私は字が恐ろしいほど下手なので、ワープロが存在していなかったら、ライターにはなれなかっただろう。ただ、当時はワープロで書いた原稿を打ち出して、それをFAXで送っていた。印刷会社にFAX用紙を見ながら原稿を入力しなおす人がいたのだ。間もなく、フロッピー入稿、つまりフロッピーを出版社に自ら届ける、あるいはバイク便で送る、という形態になる。

それからパソコン通信なるものが流行り、私もパソコンを買い、ワープロソフトを使って原稿を書き、それをメールで出版社に送るようになる。
渡仏した頃は、原稿はメール、写真は紙焼きのものを郵便で送っていた。この郵便事情の悪いフランスで、それでも日本の出版社に写真が届かなかった、ということは一度もなかったと思う。まあ、写真なんて誰も盗まないだろうが。その後、デジカメが普及して、写真もメールで送るようになった。
 
さらに、インターネットに誰もがアクセスするようになり、次第に紙媒体より、WEBに記事を書くことが増えた。と思ったら、ここ6年くらいのことか、ブログ形式の入稿方法が増えた。ライターがサイト上の編集画面に自分で、原稿も写真もUPする、というシステムである。これは今まで、原稿というものは人様の目に触れる前に編集者がチェックしていたのが、読者が編集者より先に読むことが可能になったという、大変革なのだ。まあ、編集者は後からチェックを入れて、ライターに書き直しを求めることもあるし、原稿を削除する権利も持っているが。

入稿方法だけではなく、ライターの作業も増えた。20年前は取材と言えば、たいていカメラマンが同行し、写真撮影はカメラマンの仕事であった。ところが、デジカメが出現してからというもの、デジタル画像は加工が楽、ということがあり、また、人件費削減の意味もあり、「写真も同時にデジカメで押さえて来てください」と言われることが多くなる。また、ブログ形式の入稿とは要するにデザイナーが担当していた、サイトへの原稿UPという作業をライターが肩代わりするのである。パソコン音痴の私は、このブログ入稿というやつが苦手で、UPしたつもりの原稿が画面に反映されていなかったり、画像がばかでかくなったりと、原稿一つUPするのにずいぶん時間がかかる。見かねた編集部の方が「こちらでUPしましょうか」と言って下さることもあるほど。実はパリナビも最初の原稿は編集者がUPしてくださいました。

ここから先は愚痴であるが、・・ライターの作業は増えているのに、残念なことにギャラは下がって来ている。ネット上に書こうと紙媒体に書こうと、取材して原稿を上げるという作業になんら変わりはないが、サイトに載せる記事だから、という理由で原稿料が3分の1くらいになる。しかも、紙媒体はどんどん減っているのだから、ライターとしての収入は下がる一方だ。まあ、昔は資料収集に図書館や本屋に通ったことを考えれば、ネットで資料検索できるようになった手間暇省けるようになった楽になったと言えなくもないが、それにしても、である。

先日、古希を迎えたばかりのパリ在住でいまだ現役で活躍するフリーの男性編集者と「20年前は想像できなかった事態」と嘆きあった。しかし、わたしゃ、働き盛りの今、こういう憂き目にあってるが、彼はいい時代にバリバリ働いていたはず。ただ、同じ年の友人が、20代の同僚に「私もバブルというものを体験してみたかったです」と言われたとか。まあ、バブルを体験して少しいい思いをしただけ、私たちもマシなのか?
もちろん、バブル時代にプラス要因とマイナス要因があったように、このどん底みたいな今現在にもプラス要因があるはずで、それをうまく生かせればいいのだろう、って成功本のキャッチフレーズみたいだけど。

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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