FC2ブログ

ディズニー・ライブを観に行く

私と夫は趣味が合わない。例えば、映画も夫はスターウォーズエピソード1-3をDVDで繰り返し見ている。(私も一応、映画館で観たけど・・、5,6はいいんだけどねぇ、ジョージ・ルーカスはメガホン取るな、プロデューサーに徹するべし、と言いたい)。しかも、ヌーヴェル・ヴァーグの金字塔、もといフランス映画の金字塔『気狂いピエロ』を知らなかった。観ていなくてもいいから、せめて題名くらい知っていてほしいよね、フランス人なんだし。
音楽も、70年代ロックが好き、という点では一致しているが、聞き方(?)が違う。私はカーステでも、一ミュージシャン(グループ)のアルバムを最初から最後まで聞くのが好きだが、夫は自分で編集したヒット曲集(しかも何のテーマもない)みたいなものを聞く。一度、ペイジ&プラントがパリに来た時、「おれもツェッペリンは好きだ」と言ったので、一緒に行ったら、コンサートの始まる直前に「ジミー・ペイジは何の楽器を弾いているんだ?」と尋ねて来たので「レスポールでしょ」と言ったら、不思議そうに、「楽器の名前を聞いているんだ!」・・、そう、ギタリストだということを知らなかったのだ。
剣道は一応共通の趣味ではあるが、向こうは一応“先生”と呼ばれる高段者で、私は剣道音痴(謙遜ではなく、驚くほど上達せず、クラブでも、味噌っかす扱い)なので、共通の趣味、と呼べるかどうか。

ところが、子どもが大きくなるにつれて気付いたのが、“嫌いなもの”に共通点が多いということである。まずは、スキー。一昨年から、息子がスキーをやりたい、と言いだし、「フランスではスキーはとてもポピュラーなスポーツだし(剣道とは違って)、親の好みで子どもの可能性を閉ざすべきではない。まして我が息子は発達障害で現在、友達というものがいない。この先、もう少し人とうまくコミュニケーションできるようになったら、スキーができることが他人との関係を築く助けになるかもしれない・・」と、そこまで考え、去年は1週間、アルプスにスキーに出かけたのである。もちろん、夫も私もスキーなんてものは一度も履かず。子どもがスキー教室に毎日楽しそうに通い、最終日にはリフトで高いところまで登り、すいすいと滑って来る様子を見て、涙が出るほど感激して、それだけでも、来た価値があった、と喜んだのであった。今年は「4月の休みに日本に行くから」とスキーは断念させたのだが、「2012年にはスキーに行こうね」と息子に言われ、今から少々憂鬱である。

それで、今年になって、もう一つ共通の嫌いなものが見つかった。ディズニーランドである。息子が「ディズニーランドに行きたい」と言い、夫婦そろって顔がひきつった。私は東京ディズニーランドに一度、ユーロ・ディズニーに一度行き、もう二度とディズニーランドには足を踏み入れまいと思った。大して面白くもない乗りものに乗るために何十分も立って並んで待って疲れ、まずくておいしくない食事を食べさせられ、そもそも人工的な夢の世界ってやつに入り込めない。
息子も私と同じで、ジェットコースターとか観覧車などの遊園地の乗り物が大嫌いなはず。それで「剣ちゃん、どうしてディズニーランドなんかに行きたいの?」と尋ねると、「オレ、ミッキーに会いたいんだ」。子どもの時、ディズニーランドに一度も連れて行ってもらえなかった、というのが心の傷になるかも・・。
なんて考えていたところ、たまたま息子と二人でパリに出た時に、地下鉄構内にミッキーライブのポスターが貼ってあるのを発見。どうやらミッキーマウスやミニーマウスたちが楽器を演奏しながら歌うらしい。「これだ!」オペラから遠くない劇場で行われる、ライブ。ディズニーランドより近いし、何より、ずっと座って観ていられるし、子ども向きライブならせいぜい2時間程度だろう。「ミッキーに会えるし、帰りにオペラでラーメン食べられるよ」、と言うと息子も納得。それにディズニーランドはさすがに母子二人では行きにくいが、ライブなら問題ない、と二人分のみ前売りチケットを購入する。

ミッキーライブ

さて、当日。会場に来ているのは、息子より小さい子たちばかりで、ディズニーランドに行くのには早い子どもたちがライブを見に来るのかなぁ、なんて思いながら、でも、ダンサーたちが『アラジンと魔法のランプ』や『リトル・マーメイド』のシーンを演じる、そう、コンサートというよりミュージカルで、けっこう見応えがあった。
息子も楽しかった、と言い、約束通り、帰りにやきそばと餃子セットを食べて、さらに日本食料品店で、ミッキーの画の描かれたパックンチョを買い、大満足の一日であった。
息子よ、ディズニーランドは、スキーと違って、小さい頃から行くための練習をする必要はない。だから、今後、少しづつ、他人とコミュニケーションができるように努力して、いつか友達かガールフレンドができたら、その人たちと一緒に行ってね。
スポンサーサイト



ドミニック・ローホーの『シンプルに生きる』

パリにはジュンク堂という日本の本屋があって、本国(日本のことね)で話題になっている本は、ちゃんと平積みにされている。が、値段は日本の2.5倍と実に高い(日本から仕入れているのだから、当り前だが)。

先日も、ジュンク堂に立ち寄り、ふと『シンプルに生きる』というタイトルが目についた。憧れのシンプル・ライフ!(って、昔リンゴ・スターがコマーシャルに出ていてレナウンのブランドを思い出しますねぇ、なんていうと歳が分かるが)。
ごちゃごちゃとものが片付かない家の中を見回し、ああ、必要最低限のもの(お気に入りのものね、もちろん)だけに囲まれた生活をしたい、とため息をつく。いつの間にかリヴィングを占領する子どものおもちゃ、夫の上着類、通勤かばん、書類を見て、いらいらする毎日。子ども部屋は二階、寝室も二階、夫の書斎にいたっては三階にあるのがいけない。ああ、一階にもリヴィング・キッチンの他に一つ部屋がある家を買っておけばよかった、そこを夫の書斎にして、彼用クローゼットも置いて、外から帰ってリヴィングに入る前にそこを必ず通る習慣を夫につけさせれば・・、なんて後の祭りだけど。
子どもは自分の部屋にこもる年頃になるまでは、この調子だろう・・。

と、この『シンプルに生きる』という本は、生理整頓術にはあらず、体も心もシンプルに生きる、という自己啓発本で、ちょっと興味を持つが、高いなぁ、日本に帰国した時に買おうかなぁ、と思いながら、ふと著者名を見ると、ドミニック・ローホーとある。
フランス人?他国の人でも仏翻訳本が出てるかも、と思い、家に戻ってフランスのアマゾンで探すと、ありました!著者はフランス人で、日本では3冊しか翻訳本が出ていないが、こちらでは、10冊以上も本を出し、ベストセラーも記録したらしい。最新刊は『私のkakebo』.カケボって何じゃ?と思っていたら、なんと家計簿のこと。実はこの人、もう20年以上、日本に住んでいるそうだ。
318Bs2BaJqcL._SL500_AA300_[1]


さっそく、フランスの大型書店FNACに行き、日本で翻訳が出ている本のうちの2冊を購入。しめて13ユーロなり。

何だか、日本人に見ならうシンプルな生活(禅をベースにしているらしく、それがフランスで受けた理由?)についてフランス人が書いた本を日本人の私がフランス語で読む、ってどうなのよ?とは思ったが、分かりやすい文体で書かれたエッセイなので(そう文体もシンプルなのだ)、私でもラクに読めそう。ついでに夫に読ませれば、家の中も少しはきれいになるかもしれない。

仕事は、経験とハッタリ

シャルル・ドゴール近くの見本市会場で行われたプレミエール・ヴィジョンというプロフェッショナル向けの生地の見本市に、アテンド通訳の仕事で出かけた。初仕事はフランスのワールド・カップだから、アテンド通訳を始めてから12年になる。まあ、本職は編集・ライターなので、副業なんだけど、パリには本業は画家、音楽家、カメラマン、学生などなどで、副業にアテンド通訳をしている、という人が山ほどいる。
仕事の内容は見本市の案内、メディア向けの取材通訳、商談、旅行者の観光ガイドやお買い物のお付き合いまで、色々だが、いつも直前に専門用語を頭に詰め込む(旅行ガイドをする場合は、観光スポットの歴史とかのうんちくとか)。もちろん、通訳している最中にも新しい知識や専門用語に出会い、今後の役に立てばいいなぁ、なんて思いながら、頭にインプットする。
例えば、昨日も、イギリスの生地メーカーのブースで、そこにはしっかり日本人スタッフがいたので、私は出番もなく、お客様とそのスタッフのやり取りを横で聞いていたのだが、「こちらがSSのコレクションで」なんて言っているのを耳にして、SSって何じゃ?ナチス親衛隊か?なんて話の流れを追っていると、spring summer、春夏コレクションのことを指しているのが分かった。次に同じような分野のアテンド通訳の仕事が来たら、知ったかぶりして、「○○年のSSコレクションは・・」なんて言えば、この業界に通じている、とお客は思ってくれるだろう。まあ、仕事なんて多かれ少なかれ、経験とハッタリを重ねて身につけていくものだろうけれど。

プレミエヴィジョン


ところで、この見本市、世界各国から生地メーカーが集まってくるのだが、お国柄のようなものが表れていて、面白かった。イギリスメーカーのブースは、さすがアングロサクソン、って感じでスタッフがきっちり、てきぱき対応している。フランス企業は、やる気があるスタッフとない人が一目瞭然。それから、どこのブースもたいてい、受付やテーブルにお菓子の入った皿が置かれているが、それはスタッフ専用らしく、彼らはそれをつまみながら、仕事をしているが、客に勧めているところは一度も見かけなかった。イタリアは家族経営の会社みたいなところが多い印象があった。イタリアのリボン・メーカーのブースでは、きりっとした60代と思しきマダムがいたが、私たちに対応してくれたのは、最近家業を手伝い始めたばかり、という様子の息子さんで、一生懸命で、誠実な感じはあるが、何となく頼りない。また、彼のフランス語はたどたどしく、簡単な単語が分からず、マンマに助けを求めに行き、戻って来て、「ああ、それはイタリア語で○○ですね」!って、言われても私には分からない。その横で、てきぱきと彼のお姉さんらしき女性が接客をしていたのが、対照的であった。
最後に訪ねた韓国メーカーのブースはなぜかスタッフ全員が男性で、フランス語を話せる人が一人もいない。確かに、ビジネス共通語は英語だけど、彼ら、その英語も流暢とはいえない。「日本語はできますか?」と試しに聞くが、ダメ。でも、選んだ生地のサンプルを日本まで送ってもらう、というこちらの要望は問題なく、理解してもらい、最後には日本語で「ありがとうございました」、「さようなら」と見送ってくれた。
そういえば、今回、日本企業のブースは一つも訪ねなかったが、きっときちんとしたサービスをしてるんだろうな。一人一人のお客にお茶を出したり、とか?

天国のじゅんなちゃん

先日、知人が、「コレクションのためのバイトをしてくれる、モード学校の学生さん、誰か知らない?」とメールして来た。その時に、ふと13年前に私のウェディング・ドレスを縫ってくれた、じゅんなちゃんのことを思い出した。

ウェディング・ドレスの専門店で、当時、モード学校の学生だったじゅんなちゃんは、研修(スタージュ)をしていたのだ。フランスでは、研修生の名目で、最低賃金以下のギャラで、学生が企業で働く制度(悪習じゃ)があり、日本人学生は特に優秀でまじめなので、研修生としては引っ張りだこだ。その例にもれず、じゅんなちゃんの縫ってくれたドレスはプロ並みの仕上げで、というかフランス人のお針子よりもずっと完成度が高いに違いなく(偏見か?)、それも短期間で、あっという間に仕上げてくれたのだ。
御礼にFNACの商品券をプレゼントしたら、それで買ったCDをダビングして渡してくれる、律儀な人で、その後、何回か会って、ランチを食べたりもしたけど、次第に疎遠になり、共通の友人もいなかったので、音信が途絶えてしまった。

彼女はすでにいっぱしのデザイナーになっているだろうけど、逆にモード学校の学生を雇う身かもしれないな、なんて考えて、久しぶりにコンタクトしてみよう、という気になった。ブログをやっているに違いない、と検索したところ、案の定、『純奈のパリ』というブログが見つかる。
ところが、「じゅんなちゃんの一回忌」という1行が目に入り???驚いて、そのブログの記事を遡って読んでみると・・、じゅんなちゃんは4年前に亡くなっていて、家族や友人が、そのブログを続けていたことが分かる。
ご両親とボン・マルシェの近くに住んでいる、と聞いていたので、ずっとパリに住んでいるに違いない、どこかでばったり出会うかも、なんて、たまに彼女のことがふと思い出されると、そんなふうにのんびりと考えていたのだ。でも、そんなことはもう二度とありえないのだ、と分かったとたん、もう何年も会っていなかったにも関わらず、とても悲しくなった。

ブログ記事の中にモンマルトルにある、じゅんなちゃんのお墓を、家族や友人が囲んでいる写真があり、そこに、在仏日本人雑誌記者会のメンバーがいたので、メールして、お墓の位置を教えてもらう(モンマルトル墓地は広いのだ)。

墓地近くの花屋に立ち寄ると、白い花があったので、これ何ですか?と尋ねると(私は花の名前は全く知らない)、「日本アザレアよ」と言われる。“日本”って付くならぴったりか、とそれを買う。
その日はじゅんなちゃんの命日の翌日だったので、お墓にはたくさんの花が。ピンクが多かったので、白にしてよかったな。ちょうど、じゅんなちゃんのお墓の後ろで埋葬が行われている最中で、偉い人でも来ているのか、ポリスが二人ほど、立っていて、こちらをちらちら見ていた。なんか、落ち着かず、あまり長く手を合わせていられなかった。まあ、また来ればいいし。

じゅんなちゃんのブログを見つけたのは、命日の4日前。そういえば、去年、「今日は何だか、剣道の恩師、柴田鉄雄先生のことがやたらと思いだされるなぁ」、と感じていると、その日は先生の命日だった(すみません、いい加減な弟子で)。

亡くなった人たちは、自分たちのことを思い出してほしいのだ。

じゅんなちゃん

おすすめ情報

おすすめ情報

プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

最新記事
カテゴリ
AI翻訳
コスメ
コスメ
ワイン
ティー
航空券
レストラン予約
フランス語
アマゾン
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード