FC2ブログ

ノルマンディの小さな町に来た、日本女子ハンドボール代表チームと田舎の物々交換

 タイトルのハンドボールと物々交換には何の関連もありません。両方ともノルマンディで行われたというだけで、ハンドチームがブツの取引に来たわけでは、ありません、なんて、そこまで考える人は誰もいないか。

7月のヴァカンスが終わって、ほっ、としたのも束の間、今度は、8月恒例、ブルターニュのだんなの実家へ1週間の帰省。
途中、ノルマンディに住む友人宅に寄って、一泊させてもらう。ちょうどその時、彼女の家から車で15分ほどのところにある人口5千人ほどの町(村じゃなくて)コンシュで、ハンドボールの親善試合が行われ、な、なんと日本の女子ハンドボールのナショナルチームが招待されてやって来たのだ。「日本のナショナルチームが?こんな田舎町に?」と驚く夫、そして我が息子、もちろん友人とその彼も一緒に5人で日本チームの応援に行くことに。小さな町だから、日本人なんて住んでいないだろうし、パリからここまで応援に来る人もいないだろうな、と思っていたら、案の上、体育館内には町民らしきフランス人たちが100人くらい見に来ていて、選手(とコーチ)以外の日本人は友人と私と息子(日本国籍をもっている)だけ。友人は、自分自身ははっぴを着て、小さな日の丸を息子に貸してくれ、日本チャチャチャ!と応援(は何となく恥ずかしくてできなかったけど)。
対戦相手はパリに隣接するイッシー市のクラブチームで、日本人選手よりも頭一つ大きい、ガタイのいい黒人選手が何人もいた。さて、試合が始まると・・、日本チームのパスの速いこと!フランス人はでかいし、動きは豪快なんだけど、なんかパスは遅い、ボールを手にしてきょろきょろして、ようやっと投げる、という感じなんだよね。それでもダブルスコアになるほどは点差が広がらず、フランスチームもちゃんと得点していた。きっと、国内のクラブチームの中では強豪なんだろう、と、それほど退屈せずに日本チームの勝利試合を楽めた。

ハンドボール女子

16時半に始まったこの1試合だけを見て、選手、監督さんに「この後もがんばってくださいね!」と声をかけて、友人宅へ。

友人は、築三百年ほどの、いかにもノルマンディって感じの黒い梁がある田舎屋に住んでいる。息子が「古い家だね、おれは新しい家が好きだ」と言ったので、青くなったが、別に古いことは悪いことじゃない、好みの問題だ。
日が沈むまで、テラスのテーブルで、のんびり食前酒を味わう。ノルマンディの田舎は空気がおいしい。広い庭には画家である友人のアトリエが立っていて、もう一つ物置小屋があるのだが、それを、今、1階をカメラマンである彼の暗室に、屋根裏を友人の書斎に改造中だ。工事中の建物の中を見せてもらったが、この書斎、木張りの壁(っていうか屋根の内側)がとてもいい感じだ。40代後半かな、と思しきムッシューが、一人で、この工事をしているのだが、友人たちの所有するシトロエン2CVを彼にあげ、その代わり工事をタダでしてもらう(もちろん材料費は友人たちが払う)という、物々交換(ていうか、ブツ・サービス交換)なのだそうだ。
友人によると、このムッシューは大工が本職というわけではないが、とても器用で、古い車を安く手に入れてそれを修理してきれいに直し、売ることを生業としているそうだ。と言っても税金申告なしの、闇仕事らしい。「シトロエンも転売(っていうのかな?交換でも)するのかな?」と聞くと、「それは自分の奥さんへのプレゼントなんだって」。このムッシュー、畑仕事も得意で、収穫物を近所の人と交換しあっているらしい。ノルマンディの田舎ならではのライフスタイルかも。
翌朝、食卓には、3種類のジャムが並んだが、「これは、マダム○○の手作りジャムで、こっちは、ムッシュー▲▲のジャムで・・」と、この季節は近所で手作りジャムを交換しあうという。まあ、それは我が家でも、隣のムッシューがサクランボやミラベルをくれて、代わりにうちのフランボワーズや桑の実ジャムをあげたり、と似たようなことをしているが。ただ、田舎は概して庭が広く、家庭菜園も規模が大きいだろうから、「トマトを作りすぎちゃったから、お宅のきゅうりと交換しましょう」なんてことが日常的に行われているのかも。

昨今、物価は上がっているし、失業率も相変わらず高く、税金も・・。となると生活防衛の手段として物々交換は悪くない。ただ、みんながみんな、目いっぱい(ムッシューみたいに)これをやると、税収が減って国が成り立たなくなっちゃうから、理想は、給与所得(もちろん自由業でもいいんだけど)+特技や趣味をいかした物々(あるいはサービス)交換で生活するっていうのがいいかも。友人に聞き忘れたけど、ムッシューのところは奥さんが堅気の勤め人かもしれない。子どもがいるらしいから、さすがに闇収入と物々交換だけで、家族を養っていくのはたいへんだろうし。
ちなみに、このムッシュー、毎朝9時に来て、夕方まで働いているのに、作業がなかなか進まないのだとか。「仕事はていねいだし、いいヤツなんだけどねぇ」と友人たちも、ちょっと困った様子。確かに、物々交換って、契約書や領収書があるわけじゃなし、“仕事”意識が薄れる分、アバウトになるのは仕方ないか。
スポンサーサイト



発達障害の息子の夏休み

発達障害の9歳の息子は、公立の小学校に通いながら、市内にある医学心理センターで、週3回の療育を受けているが、7月初旬に、センター主催のノルマンディ5日間の旅行に、親の付き添いなしで出かけた。宿泊施設に泊まりながら、モン・サン・ミッシェルや水族館に出かけたり、農場見学をしたり、海で水遊びをしたり、という楽しそうなプログラムで、子ども7人に対して大人のスタッフ5人が付き添う、という手厚さである。しかも参加費はタダ!お小遣いを20ユーロほど、持たせて下さい、と言われただけ。常日頃、フランス人の夫は税金が高い、と文句を言っているが、その分、福祉政策は充実しているのではないかと思う、他のヨーロッパ諸国と比べたことはないが、少なくとも日本よりは。

 出発当日、夫と二人で息子をセンターまで送っていく。学校では孤立していて、友達がいない息子も、療育を一緒に受けている子どもたちとは何とか接しているようだ。おもちゃ箱を一緒にかき回しながら、息子が「すごくかっこいい、車輪を見つけたぞ」と言うと、他の子に「車輪なんて、どうでもいいぜ!」なんて一蹴されていたが、息子なりに、コミュニケーションをとろうとしていることが分かる。
 ミニバスに乗り込んでからも、隣の子が開いているマンガ本を横から覗き、何やら話しかけている。バスが動き出すと、一瞬、私たちに手を振ったが、すぐにマンガの方に目が戻っていった。・・まあ、行きたくない、と泣き出すよりずっといいか。息子はこの旅行をずっと前から楽しみにしていた様子で、日頃から息子と接していて、発達障害児の何たるかを心得ているスタッフが付いているので、私たちもあまり心配もせず、送り出す。もちろん、何かあれば、すぐ連絡をくれることになっているし。
 旅行4日目に、一度、こちらから宿泊施設に電話を入れてみると、すぐに息子に代わってくれて、「水族館で、7.3ユーロのペンギンの人形と、2.6ユーロの海賊船を買って、オレが10ユーロ出したら、お姉さんが、10サンチームくれた」と数字フェチな息子ならではの報告を聞かされた。

 さて、息子は、ノルマンディから戻った日に、今度は夫と二人で、車で南仏のラヴァンドゥに出かけた。私は、仕事やもろもろの雑務で、10日遅れで合流することになっていたが、ノルマンディにいた期間を合わせて半月も、日本語に全く触れず、忘れたらどうしよう、と不安になり、一人でできる漢字ドリルを旅行鞄に入れ、必ず一日1ページずつやらせるように、と夫に頼み(たぶん、守らないだろう、と思いながらも)、毎晩、電話もかけた。息子が話すことは、「○○を食べた」、「今日も海で泳いだ」くらいだったが。
 10日後に合流すると、息子はうれしそうに自作の日本語の紙芝居を見せてくれた。また、「(ベネッセの通信教育の)テキストは一回もやらなかったから、遅れてる」と申し訳なさそうな顔で言ったので、「ママと毎日2日分やろうね!」と、私はさっそく日本語教育ママになる。夏を制す者は日本語を制す、なのだ。

転勤で、去年から南仏のドラギニョンに住む、夫の弟家族が一度、遊びにやって来た。息子と同じ年の女の子と3つ年上の男の子がいて、お兄ちゃんの方が同じ年の友達を一人連れて来た。
従兄妹たちは、二人とも優しい子なのだが、今回は、他の子どももいるし、息子を相手にしてくれるだろうか、と心配になる。幸いなことに、男の子たちは二人とも、『ONE PIECE』と『NARUTO』が好きで、息子は、『ONE PIECE』オタクなので、「○○が初めて登場するのは第何話だ?」なんてクイズを得意げに出し続け、その物知りぶり(オタクぶり)を驚かれ、本人、得意げであった。夫も、うれしそうに翌日、義母に電話し、「剣が他の子どもとあんなに長く話しているのは初めて見た」と報告していた。まあ、話すというよりは、一方的に質問を出して、「正解!」とか「間違い!答えは○○」とか言っているだけなのだが。
ちなみに息子は『ONE PIECE』のDVDは日本語ヴァージョンで、TV放映版アニメはもちろんフランス語で観ていて、単行本は日本語で読んでいるが、もちろん、質問は全てフランス語で、固有名詞もフランス語のアクセントで発音していた。どうやらうまく日仏語の切り替えができているようだ。

11年夏


障害は一生、治らない。ただ、今後2年間(小学校在学中)、療育を続け、この障害の特性ともいえる、こだわり(マニアックな傾向)と画像や数字をキーワードにした優れた記憶力と、さらに息子の場合は、日仏語バイリンガル能力をいかせるような職業を見つければ、自立できるのではないか?そして、息子と同じことに興味をもつ、オタッキーな友達でもできれば、それで十分幸せな人生を送れるかもしれない。

やっと見たぞ、森達也監督の『A2』

 パリの日本文化会館で森達也監督の『A』を見たのは2001年のこと。
こんなに優れた作品なのに、途中で席を立つフランス人が山ほど。「正義感ふりかざしてオウムを糾弾するドキュメンタリーでも期待していたのか、アホらが・・」と出て行く彼らを横目で見ていたのだが、結局、フランスでは受けない、と見なされたらしく、『A』は、フランスの映画館にかかることはなかった。『A2』は、日本文化会館での上映も行われず、フランスで見る機会をもてなかったのだ(ひょっとして、どこかフランスの地方の映画祭で上映されたかな?)。

 DVDで映画を見るのはあまり好きではないが、それしか見る方法がないのなら仕方ない、と『A2』のDVDを日本の実家に頼んで送ってもらったのが、今から5年くらい前のこと。この作品は、パソコンではなく、リビングのTVで、何事かに一秒たりとも中断されることなく、最初から最後までじっくり観たい、つまり、夜、息子が目を覚まして、私を探しに来るとか、夫が話しかけて来るとか、そういう事態を避けたい(そもそも我が家では夫が、毎晩0時近くまで、リビングのTVを占領している。そのまま居眠りしていることもしばしば)。二人のいない平日の昼間は、電話がかかってきたり、荷物が届いたり、はては宗教の勧誘などで邪魔される可能性がある。と、2時間余のこの作品を一人で静かに見られる機会を待っていたら月日があっという間に過ぎた。それで2008年の7月に、息子と夫が一足先にヴァカンスで南仏に出かけ、私は、仕事を片付けるために一人、5日間、コンフランに残ったので、チャンス到来!と『A2』のDVDの箱を開けると、な、な、なんと、中がからっぽ!
 これ、アマゾンで中古を買ったのだが、実家に届いた時にすでに空だったのか?フランスの税関で抜かれたのか?まさか息子(当時6歳)がいたずらして、隠した??と、結局、『A2』のDVDは見つからず、消えた理由も分からないまま、月日が過ぎた。
A2.jpg

 
2009年の夏、日本に帰国した時に、今度はアマゾンで新品を注文し、届くとまずは中身を確認。無事、フランスに持ち帰り、そして、2年後のこの夏、再び、夫と子どもが先に南仏に出かけ、ついに、ゆっくりと一人で見ることができたのだ、『A2』。

 感想は・・、私は『A』の方が好きだな。荒木広報部長を追っていて、森達也のいうところのドキュメンタリー作家の苦悩と、被写体荒木君の苦悩の両方が表れていて、いい感じなのだ。最初、私はてっきり、Aは荒木君のイニシャルAだと思っていたのだよ。森達也の著書を読んで、オウムにもかけていることが分かったが。ちなみに、フランスでは、タイトルが『A-Aoum』とされていた。『A2』は、どうも、マスコミ批判が前面に出すぎていたかも。あと、最後の荒木君への問い詰めがねぇ・・、ありゃ、監督の自問自答だな。

おすすめ情報

おすすめ情報

プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

最新記事
カテゴリ
AI翻訳
コスメ
コスメ
ワイン
ティー
航空券
レストラン予約
フランス語
アマゾン
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード