FC2ブログ

Facebookに足をつっこむが・・

少し前から(ってもう2年以上か?)「Facebook、やらないの?」と聞かれたり、「どうしてFacebookを使わないの?」なんて驚かれたりすることもしばしば。ブログを書き、SNSはMixiとフランス地域限定のセ・モワに入会し、ツィッターも始め、スカイプもたまに使ってるし、と、インターネット・コミュニケーションツールの流行にはなんとか着いて行っているつもり。
ただ、ツイッターを始めた頃から、眼精疲労がひどくなり、なるべくパソコンに向かう時間を減らそうとしていたので、Facebookは敬遠していた。しかし、「仕事につながるよ~」なんて言われると、心が揺れて・・、ふむ、確かに、ブログはそもそも商業ブログから始め、ギャラをもらって書いていたし、Mixiで知り合った人と仕事をしたこともあるし、ツィッターのささやきが仕事のネタになったこともあるし・・。

 それで、ついに、先日、知人からFacebookへの招待状が届いたのをきっかけに、Facebookデビュー。いきなり自分のページに知っている面々の名前があり、この人たちも招待状とやらを送ってくれていたのかな?と、とりあえず“友達リクエスト”なるものを送ってみる。その後、プロフィールの入力にとりかかるが、ここですでに四苦八苦。分からない専門用語もたくさん。Facebookを使いなれている様子の“友達”の一人に「ウォールって何?」と尋ねると、「私に聞かないで、私もさっぱり分からない」とのコメントが・・。使いこなすにはずいぶんと時間がかかりそうだ。思わず“近況アップデート”のところに「使い方が分からん!」とぼやいてみると、「一緒に何とかしましょう」なんて優しいメッセージも届く。ツィッターで同じセリフをつぶやくと、「練習する?」なんて返信も。この年になると、練習が必要なものはなるべく避けたいところだが。
 習うより慣れろ、だ!とにかく使ってみよう。そもそもツールって道具のこと。道具ってのは、使いながら、使い方を習得するものなのだ。

しかし・・、『知り合いかも?』なんて欄に、見も知らぬ人々の顔がたくさん並んでいるし、『江草由香さんと○○さんが友達になりました』なんてメッセージがあると、つい、前から友達のつもりだったんだけど、と言いたくなるし、そもそも“友達”って言葉がたくさん踊っているのをみると、『20世紀少年』か!とケチけちつけたくなるし。
 ツイッターの方がシンプルでいいなぁ、平面的で。それに比べて、Facebookは立体的だし、そういえば、女性は男性に比べて空間認識能力が劣るなんて説があったっけ、と気持ちが後ろ向きになりつつあった。そんな時、拙著『夢は待ってくれる』の日本の委託販売元である出版社の社長さん(彼も“友達”)が、「ツイッターはちらしで、Facebookは雑誌なんですよね」!なるほど、Facebookを使いこなすのに必要なのは、編集能力か。・・私って“編集者”だったはず・・。
 
 好きでもないことが上達する方法といえば、仕事につなげること。仕事のためにやらざるを得ない、という状況に自分を追い込むことだ。手っとり早いのはビズ・ジャポンのFacebookを立ち上げること。でも、そうなると日仏語で対応しなきゃならないし・・。
 そもそもFacebookを上手に使いこなす必要が今の私にあるのかしら?とだんだん、逃げ腰になっていく。
 ただ、ツィッターも、一時期、使わなくなっていたのが、震災の時の情報収集におおいに役にたったし、Facebookも一応足をつっこんでおけば、そのうち何かの役に立つかも。


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韓国から剣道高段者がやって来て

韓国剣道連盟から派遣された高段の先生方が、イタリアへ研修に行くついでに、フランスに立ち寄ることになり、うちのクラブにも稽古をつけに来ることになった。「韓国人は日本人に厳しいぞ」と我がクラブの七段ラバイユ先生に脅かされる。「剣道をやっている人なら、日本人には優しいんじゃないの?」と慰めて(?)くれるメンバーもいたが、しかし、世界剣道選手大会で、韓国はたびたび日本と優勝争いをしているし、ライバル意識は高いかも。そういえば、剣道韓国起源説なるものがあり、それに対して、「全日本剣道連盟はなぜ、反論しないのか?」なんて声もあがっていたっけ。それって、キリスト青森死去説(青森県新郷村にはキリストの墓があり、毎年“キリスト祭”が行われる)に対して、なぜバチカンは反論しないのか?って怒るのと同じレベルじゃん、と思っていたが、ついさっき、全日本剣道連盟のHPを見たら、ちゃんと見解が書かれていた。けっこう深刻な問題だったのか。

 さて、当日、どきどきしながら、稽古場に(遅刻しないで)着くと、すでに韓国剣道家たちは、着替えて道場に座っている。4人の先生と二段の学生さん一人の合計5名。すぐに自由稽古が始まる。在韓フランス大使館に勤めていた時、韓国で剣道をやっていたというフランス人剣道家(ゼッケンに韓国のクラブ名が記してあった。韓国語ができるのかと思ったら、先生たちとは英語で会話していた)が来ていたので、「この中で一番優しい先生は誰?」とこっそり尋ねると、迷わず、某先生を指差したので、その前にできていた列に並ぶ。彼の言うとおり、その先生は稽古のかたちをとりながら、私に面打ちをさせて下さる。うちのクラブのフランス人の先生たちより、30倍優しい。次に、元韓国代表チームのメンバーだったという先生に稽古をつけていただくも、同じように打たせてもらい(まあ、私のレベルなんて構えをみただけですぐバレる)、3人目の先生にいたっては、日本語で「何段ですか?」と尋ねられる。思わず、「二段です、弱いです」と答える。時間切れで稽古ができなかった、一番年配の先生に、それでも最後に挨拶に行くと、握手を求められる。片言の日本語ができるのだが、私に何か伝えるべく、日本語を一生懸命頭の中で探す間、私の手をずっと握っている。かわいいおじいちゃんではないか!結局、最後に、「Nice meet youの日本語は何ですか?」と尋ねられた。このおじいちゃん先生はその後のビールタイムで、カマンベールチーズをえらく気に入った様子でいくつも食べていたので、翌朝、パリの道場で先生たちとまた稽古をする予定の夫は、帰り道にスーパーでカマンベールの箱を5つ買いこんだ。
 一人、三段の女性が今回防具は持って来なかったが、同行していて、彼女は日本語がぺらぺら。モードの勉強のため日本に留学していたのだという。「20年も前の話ですけど」と、私と同年代であった。

 思えば、フランスに来て、最初に登録したパリ・カトリック学院のフランス語習得コースにも韓国人の女生徒が二人いた。日韓問題なんて言葉があるくらいだから(韓国じゃ、韓日問題か)、日本人にいい印象を持っていないんだろうなぁ、と漠然と思っていた、日本文化開放直前だったし。ところが、彼女たちは、気さくに話しかけて来て、ソウルには安くておいしい日本料理の店がたくさんあるのよ!なんて自慢げに言ったり。おまけに二人とも少し日本語が話せたのだ。そのうちの一人、私より10才くらい年上の、姉御肌のカトリックのシスター(!)を、「日本占領時代に覚えたの?」とからかったら、「私はそんなにトシじゃないわ!」と怒っていたっけ。

韓国人の中には日本人嫌いの人もいるだろうけど、みんながみんなそうではない、・・って考えてみれば当り前のことなんだけどね。

子ども部屋の模様替え、壁紙張りに挑戦

 息子はこの新学期から、CM1に進級。CM1は、Cours Moyen 1 の略、日本語に訳すると、小学校中級過程・第一学年となり、日本でいえば、小学4年生。
今まで宿題は食卓でやっていたが、子ども部屋に置く勉強机を買うことになり、ついでに、壁紙を張り替えよう、ということに。この家に引っ越した時に、リヴィング、寝室、私の書斎(兼客間)の壁紙は替えたが、当時4歳だった息子の部屋には、元々、動物柄のかわいい壁紙が貼ってあり、どうせ、クレヨンで落書きなんかして汚すに違いないから、もう少し大きくなってから、張り替えればいい、とそのままにしておいたのだ。息子は、落書きはしなかったが、ベッド脇の壁紙をべりべりとはがしてしまった。

 さて、壁紙張りであるが、外壁工事で、悪徳業者にひっかかったばかりだし(思い出しただけで、腸が煮えくりかえる)、壁紙を糊で張っていくだけなので、そんなに難しくないはずだから、自分たちでやろう、と夫が言いだす。義父は器用で、壁紙だけでなく、バスルームのタイル張りまでしたそうだが、夫は、風呂のドアにバスローブかけを付けるのに2時間以上かかり、しかも出来上がりはぐらぐらで、「かかれば、いいだろう」と開き直る人間だが。

 まずは、これをいい機会に、小さくなった服、壊れたおもちゃ、読まなくなった(嫌いで読まない)本などを選び、人にあげるもの、寄付するもの、捨てるものに分類。
 本棚、洋服ダンスの中身を段ボールに入れ、書斎、寝室、屋根裏部屋などに移動。空っぽになった家具、ベッドを部屋の真ん中に寄せる。
 次に古い壁紙をべりべりとはがし、息子にも思う存分はがしていいよ、と手伝ってもらう。糊で壁にしっかりとくっ付いている層には霧吹きで水をかけ、へらできれいにとっていく。

壁紙張り

壁紙は、柄合わせが面倒なので、できれば無地にしたいな、と思いつつ、一応、部屋の主である、息子に、「どんな模様の壁紙がいい?」と聞くと、即座に「パワーレンジャーサムライ(『シンケンジャー』のフランス語バージョン(USA版?)!」と答える。そ、それは柄合わせが・・、「模様のない紙にして、そこにパワーレンジャーサムライや車のポスターを貼ろうね」と親の都合で納得してもらう。
 まず、壁紙専門店に行き、息子は濃いめの水色の無地の壁紙を気に入るが、「もう一件くらい見てみよう」と、近くのチェーンの大型日曜大工店にも行ってみる。そこで息子が選んだのは、雲の模様の壁紙(ドイツ製、だそうだ)。薄い水色の空に白い雲がふわふわと浮かんでいるのだ。面白い、いいかも!最初に選んだ無地のものより高かったので、けちな夫は「高いし、柄合わせがなぁ・・」と言いだす。シンケンジャーよりは、柄合わせに失敗しても目立たなさそうだし、壁紙くらい気に入ったものを買ってあげようよ、と雲柄の壁紙7ロール分(1ロールは幅53センチ、長さ10.5メートル)、専用糊とはけを購入。
 
 日曜日に早起きし、9時過ぎから夫と二人で壁紙張りを開始する。はけでのりを紙の裏に塗り、それを壁にぴったりと、空気が入らないように気をつけながら張っていく。柄合わせをしながら、2枚目を張り終えたところで、絵柄が逆さま、ということに気付くが、まあ、雲に上も下もないか、とそのまま続ける。電気コンセントの部分はカッターで穴をあけたり、ドアや窓枠の周りは切り込みを入れたり、と細かい作業に時間がかかり、正午を過ぎ、息子が「お腹すいたよ~」と言いだした時には、まだ、1面しか終わっておらず。
 スパゲティの軽い昼飯を済ませ、さっそく第2面にかかるも、暖房用ラジエーターがあるため、その周りの処理に苦労したり、で、ここが終わったのがなんと4時近く。電気コンセントのカバーをはずしてあるので、何かのはずみに電線に触れて感電したらたいへん、と電気のブレーカーを落としてあるので、何とか日没までに仕上げなければならん。
幸い第三面は広く上半分に窓があるので、張る面積も少ないし、それに我らもずいぶん、作業に慣れて来た。それでも、夫も疲れが見え始め、いらいらしてきたところに、裏の家が庭でパーティを始め、子ども連れの家族が数組集まっているらしく、子どもたちが歓声をあげながら走り回り、喧嘩をしたらしい子どもが泣き出し、親がそれを叱りつけ、と何だか落ち着かない。
第四面に取り掛かった時には7時をまわり、「今日、何食べるの?」と聞きに来た息子に、夫は「お前の部屋をきれいにしてやってるんだ!」と怒鳴り散らす始末。息子は何にも悪くないのに。幸い、まだ日が長く、作業は無事、日の落ちる前、8時半過ぎに前に最後の一枚を張り終え、途中、カモ肉をフルーツとオリーブオイルと一緒に鍋に放り込み、ぐつぐつと煮ておいたので、(モロッコ料理のタジンもどき)作業終了後、すぐにごはんにもありつけた。
ドアの壁紙は間に合わなかったが、どうせいつも開けっ放しで見えないし、いつでも張れるから、とそのまんま。
 
目立った失敗はないし、素人が始めて張ったにしちゃ、上出来だぞ、と自画自賛し、何より息子が、「きれい~!」と喜んでくれたので、満足。

壁紙張り2

義父母のダイヤモンド婚記念に、星付きレストランへ

 今回のブルターニュ滞在中、夫の家族が集まり、義母の80才誕生祝い兼義父母のダイヤモンド婚を祝った。
ダイヤモンド婚!結婚60周年である。そう、20才で結婚したのだ、義母は。晩婚化が進んでいる今、いくら平均寿命が延びてもダイヤモンド婚式までたどりつける夫婦は、ますます減っていくだろうな、そもそも離婚が増えているし、なんて思いながら、滅多に行くことのない一つ星レストランへお祝いのランチを食べに行く。パーキンソン病が進行し、それでも杖をつき、誰かに支えられながら何とか歩く83才の義父と、難聴、腰痛などの問題を抱えつつも元気な義母を囲み、夫の兄夫婦とその息子、弟夫婦とその息子と娘、我が家3人が一堂に会する。そこに、89才になる義母の叔母(夫の大叔母だから、うちの息子にとっては大大叔母?)も加わったのだが、彼女が実に元気で、いまだに一人暮らしをしていて、今回も30分ほどかけて自分で車を運転して来たというから、感心する。
 
 このレストランに来るのは、義父の70才の誕生日、義父母の金婚式、義父の80才の誕生日に続き、今回で4回目。とにかく食事の量がすごいので(一皿の量が多いのではなく、皿数が多い)、前日の夕食は控えめ、当日は早く起きて、朝食はかる~く、と、万全の(?)態勢で、一つ星ランチに臨む。夜はきっと、お腹いっぱいだろうから、と夕食には瓶入り魚のスープとサーモンのパテを用意しておく、日本だったら、お茶漬け、ってところなんだけど。

 さて、アペリティフは、シャンパンと自家製カクテルからのチョイスで、私はフランボワーズ入り自家製カクテル(結局、シャンパンがベース)を選ぶ。アペリティフを飲んでいる間にアミューズ・ブッシュが3回も出て来る。どれもおいしく、全部食べてしまい、前菜のフォアグラを食べ終えると、すでにお腹が3分の2くらい埋まっている感じに。メインの一皿目、オマール・エビをいただいたところで、もう腹8分目、いや9分目くらいかも・・。その次は肉か魚のチョイスで、羊肉よりは軽いかな、とスズキのローストを頼むが、無理してやっと食べた、という状態。

オマールえび
(りっぱなオマール・エビ)

ああ、何て、もったいない!滅多に味わうことのできない高級料理を、「お腹いっぱいだ~」と、いやいや食べるなんて。デザートは、ダイヤモンド婚祝いの大きなミルフィーユを切り分けて食べる、まあ、これは別腹だから・・。その後、コーヒーとともにまたプチ・フール(プチ・マカロンをはじめ一口サイズのお菓子)が並ぶ。うー、タッパーに入れて持ち帰りたい。
 発達障害の特性なのか、息子は偏食だが、お子様メニューがちゃんと用意され、ほっとする。まずはトマトのサラダ。しょうゆを(魚の形のプラスチック製容器に入れて)息子の鞄にしのばせておいたので、それをかけて、ぺろりと食べる。メインはハンバーグ・ステーキだが、さすがに一流レストランだけあって、付け合わせは定番のフライドポテトの代わりに、茹でジャガイモ。息子はがっかりして食べず。ミルフィーユも嫌いで、プチ・フールのチョコレートケーキをいくつも食べて、それで満足し、「オレ、このレストラン好きだ」と一言。

 周りのフランス人たち(って、自分の家族だが)も、けっこう、ふーふー言いながら食べていて、義兄が、「ランチはオマール・エビまでにしておいて、近くを(腹ごなしに)散歩して、ディナーに戻って来て、メイン料理+デザート、っていうのがちょうどいいな」。大賛成!
 12時半からアペリティフを始め、コーヒーを飲み終わったのが16時半過ぎ。 その日の夜は、9時頃に魚のスープだけ飲んで、さっさとベッドに入る。 
 「モノを食べるという行為は体を疲れさせるので、間食ばかりしていると体に負担を与える」、と以前、取材相手のフランス人栄養士が言っていたっけ。今回、間食ってわけじゃないけど、4時間以上もずっと食べ続けて、ぐったり。美食家って体力のある人たちなんだろうか?

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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