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フランスでも人気らしい、『神の雫』を読む

少し前のことだが(去年の秋ごろ?)、フランスの朝の情報番組で、日本の漫画『神の雫』(仏訳版が出ている)が紹介されていた。

自分はお酒が強くないし、ワインもあまり飲まない、と言うと、「え~、フランスに住んでいるのにもったいない!」と何度、言われたことか。

うちの夫も、あまりアルコールを飲まない人だ。剣道の稽古の後にビールは飲むが(これは、おいしいんだよね)、ワインは、家に人を招待した時、招待された時、あとレストランでは飲むくらい。でも、ワインを持って遊びに来た人が、得意顔で、「○○の××年ものだぞ」とラベルを見せると、夫も「おお!」なんて、反応しているので、有名銘柄くらいは知っているようだ、・・単に、相手の得意顔に反応しているだけかもしれないけど。

神の雫仏語版
<フランス語版はこんな感じ、単に台詞が仏語なだけ>

フランスに住んでいるんだから、ちっとはワインのことを知っておいた方がいいんじゃないか、と、『フランスワインの12か月』なんて新書を買ったのが、たぶん10年くらい前だが、今日に至るまで、1ページも読んでいない。この本、誰かに勧められたのか?著者が日大芸術学部映画学科卒っていうところに惹かれたのか(映画好きなので)?覚えていない。ワインに興味がないから、結局、つん読になっちゃうんだよね(ググったら、著者、2009年に亡くなられていました、50歳の若さで。合掌)

フランスワインの12カ月 (講談社現代新書)

でも、漫画なら読むかも。しかし、日本の漫画を仏訳で読む気はしないし、と、今は無き、パリのブック・オフのコミック・コーナーで『神の雫』を探してみた。

話はそれるが、私が仏訳を持っている日本の漫画は二冊だけ。
『coeur de Thomasトーマの心臓』。
萩尾望都の大ファンなので、記念買い。昔、あほみたいに繰り返し読んだので、日本語の台詞も覚えているから、「ふむふむ、フランス語ではこう表現するのね」と、お勉強にもなる。


<日本のアマゾンでは、けっこうなお値段がついてます>

もう一冊は、谷口ジローの『L'homme qui marche歩く人』。
セリフがほとんどないので、仏語版でも関係ないし。
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<谷口ジローはフランスで、とても人気>

で、パリのブックオフで、セット売りの『神の雫』は見つけたが、バラは一冊もなかった。セット買いして、つまらないと困るので、日本に帰国した時に、第一巻を買って、面白ければ、残りを買えばいいや。『ヒカルの碁』はそのパターンで、夫と子どもと九州を周遊旅行中に、ブックオフや古本屋を見つけては、買い集め(幸い、車で周っていた)、17巻まで揃えて、スーツケースに詰めてフランスに持って帰り、残り23巻まではパリのブックオフで買った。これも、フランスで大人気の漫画。


<フランスの囲碁クラブに一時通っていた時、この漫画を読んで碁を始めた、と言っていた少年たちが、たくさんいた>

ところが、『神の雫』購入計画は、この夏の帰国時には、ころっと忘れていた。きっと神様の無駄遣いするな、という戒めだ、いや、単に、興味が薄れていただけか。

しかし、天は我を見捨てなかったぞ。
この9月から、息子がパリの中心、シャトレにある、天理日仏文化協会の日本語講座に通い始め、今のところ、毎週送り迎えをしているのだが、そこの図書室は日本語のコミックのコーナーが、とても充実していて、見つけました、『神の雫』全44巻。で、さっそく1巻目を借りたら、なるほど、面白い。



世界的に有名なワイン評論家神咲豊多香が亡くなり、時価20億円相当のワインコレクションが遺された。遺言状に書かれた記述(詩的なぞなぞ、でも言いましょうか)から12本の偉大なワイン『十二使徒』(エヴァンゲリオンみたいだな)とその頂点に立つ一本『神の雫』を当てた者が、コレクションを受け継ぐことになり、息子の神崎雫と若手天才ワイン評論家の遠峯一青の対決が始まる・・。というのがメインストーリー。
エピソードは、恋愛がらみのものが多く、やたらと美女が出て来る(今、10巻まで読み終えたところ)が、事件の謎を解く鍵がワインで、ストーリーをハッピーエンドに導くのもワイン。
ミステリー仕立て、宿命の二人の対決ドラマ、父親への反発からワインを飲まなかった主人公の雫が次第にワインの魅力に取りつかれ、その奥深い世界を探求していく、成長物語風、ライバル遠峯の正体が徐々に解き明かされていくのも興味深いし・・、とワインに興味がなくても楽しめる。

コミックスの累計発行部数は国内500万部、世界では1000万部を突破したという(出典ITmedia2014年5月)から、すごい。

人気にあやかって、こんなものまで。



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さっそく続きを借りようと思ったら、次に行った時には、2巻目はあったが、3巻目以降、数巻が抜けていた、つまり、誰か他の人が借りている。仕方ないので、2巻目と他の漫画を借りる。この図書館、漫画は一度に6冊まで借りられるので、『神の雫』めいっぱい+他の作品、例えば、萩尾望都の未読作品、浦沢直樹の『BILLY BAT』(浦沢先生、不倫相手が、50代女性って、好感もてるわ!)、ヤマザキマリの『テルマエ・ロマエ』(涙流して笑ってしまった)などなどを借りている。週末にパリの中心まで出るのは面倒くさい、と感じていたが、漫画が楽しみで、いそいそ出かけている。

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話戻って、『神の雫』は、面白く読んでいるけど、登場するワインの名前は頭に入らないし、巻末に載っているワインのコラムも全然、読まない。『テルマエ・ロマエ』は、エピソードごとに、著者のコラムが載っているけど、こちらの方は全部読んじゃう。やっぱり、自分はワインには興味がないのだ、と再認識。ただ、日本にいる時に比べれば、この私だってだいぶワインを飲めるようになったのだ、と偉そうに言っても、食事中にグラスワイン2杯が限度だけど。

でも、在仏日本人でアルコールが全く飲めないという人もにも時々会うし、フランス人でも一斉飲まないという人も、たまにいる。病気で止む無く禁酒しているのか、体質的に受け付けないのか、はたまた主義なのか、まあ、なんで、飲まないの?と聞くのもはばかられるし。

ワインに限ってみて、France agrimer(農産物と海産物に関することを扱うフランスの公的機関)の2015年の調査結果を見たら、なんとフランス人の3人に一人はワインを全く飲まない(1980年の調査では5人に一人)。「ほとんど毎日飲む」、と答えた人は、2015年で16%、1980年は51%だったのに。2015年の年齢別では、15~24歳で「全く飲まない」人は59%、「時々飲む」が40%で「ほぼ毎日飲む」は、たった1%。年齢が上がるにつれて、飲む人の割合が増えて行き、65歳以上では、「全く飲まない」が25%、「時々飲む」が38%、「ほぼ毎日飲む」が38%(あれ、100%にならないじゃん、手紙書いてやろうか)。
そういえば、甥っ子、25歳のピエールはアルコールは一斉飲まない、シャンペンさえも。で、一昨年亡くなった義父は、毎食事ごとに飲んでいたし。
15~24歳の若者を対象にした統計で、2005年の「ほぼ毎日飲む」は、2015年と変わらず1%だが、「全く飲まない」が64%と今より、高い。つまり「時々飲む」層が増えたわけで、特に若者のワイン離れが進んでいるのではないみたい。
そもそもワインって若者の飲み物ではないんだろうな。『神の雫』によれば、ワイン通になるには、多数の銘柄を飲まなきゃいけないから、お金もかかるし、ワインを語るには、人生経験も必要みたいだし。

ちなみに、フランス語でLes Gouttes de Dieu(神の雫の仏語訳で、日本のコミックにも表紙タイトルの下に書かれています)は、何か特別な意味があるのだろうか、とぐぐったら、同名サイトが見つかる。しかし、単なる、アマゾンに繋がるこの漫画の仏語版の紹介サイトであった。

もう一つ、Les Gouttes de Dieuという名前のワインバーがパリにあることを発見。漫画の人気にあやかってこの名前を付けたのか、それとも、仏訳版が出る前からある店なのか。日本からワイン好きの知り合いでも遊びに来たら、ここに案内して、真相(?)を確かめてみたい。

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結局、フリーペーパー版Bisouビズが、復活し・・

今年の5月に久しぶりにBisou(ビズ←“ビゾウ”って読まれちゃったことが)のフリーペーパー版、BisouJaponArtを出した。というのもスポンサーがついて、印刷代を賄ってくれたので。
一回限りの復活、と思っていたのが、結局No.2を出すことに。

ビズアートこけし

<BisouJaponArt第2号>

Bisouって何ですか?という人もいるかもしれないから、軽く説明を。
Bisouは、1999年に立ち上げたパリ発の日本語のフリーペーパー。

初代Bisouは、パリで夢を実現したい人を応援するマガジンなんてキャッチフレーズで、特集テーマは、「フランス語をモノにする(no.1)」、「フランスで働く(no.6)」、「フランスで独立、フリーランスで働く(no.13)」、「フランスで学び、日本で働く(no.24)」って感じで、でも、そこに「フランスのショコラ(no,10)」「パリのサロン・ド・テ(no.20)」なんてものも混じっていた。月間(夏冬に一回ずつ休んだので、年10回発行)で、今、考えるとよくやっていたな、若か~った~、あの頃~♫だな。

ビズアートbisou30

<初代Bisouの最終号>
で、子どもができたので、「さよならビズ、また会う日までno.30」(このタイトル、子どもの頃、大好きだった『キイハンター』の最終回から拝借)を出して、すっぱり止めるつもりが、「まあ、もったいない」、「楽しみにしているのに」と何人もの人に言われ(たぶんに社交辞令が混じっていただろう)、ちょっと気をよくする。

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<千葉真一の大ファンでした>

で、季刊誌Bisou Famille(ビズ・ファミーユ)にリニューアルし、赤ん坊や子どものいる日仏・在仏日日家族向けのフリペになって、「フランスで出産(no.1)」に始まり、「我が家のバイリンガル教育法(no.3)」、「フランスの学校教育制度(no.14)」などなど。
そう、要するに自分の興味のあることをテーマにして、雑誌を作り続けたのです。だから、息子がどうやら発達障害らしい、と気が付いたので「発達障害と心の病気(no.19)」なんてテーマも。

ビズアートファミーユ

<自分の息子を表紙にした、どこまでも“私”なフリペでした>

5年間、no.20までBisouFamilleを続けたところで、今度はロハス、オーガニック、エコなどをテーマにした、Bisou bien-être(ビズ・ビアンエートル)にリニューアル。「アロマテラピー入門(no.1)」「体にいい食、マクロビオティック(no.4)」なんて、ますますマイブームなテーマを取り上げ続けたところ、リーマンショック以降、ますます広告が取れなくなって、2010年に「心地よい眠りno.10」を出したところで、休刊。

ビズアートビアンエートル

<表紙がきれい、と評判のフリペでした>

初代30号、famille20号、bien-êtreは10号まで、ときれいにキマったな、と自己満足。

ちなみに、BisouFamille(ビズ・ファミーユ)とBisou bien-être(ビズ・ビアンエートル)は、バックナンバーが少し残っているので、サイトで販売中

その後は、サイトで、日仏バイリンガル情報サイトBisouJaponを運営。パリで展示会をしたり、作品をパリのセレクト・ショップなどで販売する、日本人クリエーターの紹介、パリでの活動のサポートなどをしている。

一度だけ2011年に「BisouJapon東日本大震災日本応援号」を出して、ジャパンエキスポ会場で配りながら、アーティストやクライアントから寄付してもらったチャリティ品を販売し、寄付金も募って、被災地に児童書を送る『あしたの本プロジェクト』(国際児童図書評議会運営)に全額寄付した。一回こっきりの特別発行のつもりであった。

それが、なんで今回また、紙版を発行したかと言うと・・。

まずは、5月に出した、BisouJaponArtがなかなか評判がよかったこと。特にデザインがいい、との声が多かった。写真のクオリティが高く、テキスト少な目で、いい感じに余白もある。・・確かにかつてのBisouは情報満載で、文字たくさん、写真小さめ。デザイナーさんから、「もっと文字量を少なくしてください」と何度も注意されたのだ。

もう一つは、ニュースダイジェストの休刊。これで、ひょっとしたら広告主がこちらに流れて来るのでは?と淡い期待を持ったのだ(甘い期待であった・・)。

あと、12月にこけしを展示販売するので(なぜ、こけしに関わるようになったかは、また別の機会に書く)、その宣伝に使えるし・・。

とは言っても、広告営業はやっぱり大変だし、前に比べてページ数が少なくなったとはいえ、自分で配布して回るのは年齢とともにしんどくなって来たし。そう、配布も私がやっています。
そういえば、昔、Bisouに広告を出してくれたレストラン(閉店しましたが)に最新号をたくさん届け(お客様用に)、ついでにそこでランチをしていたら、これも今は無き『ボンズール』という、けっこう面白かったフリペを大量に抱えて店に入って来た男性が、それをBisouの上にどさっ!と置いたので、「ちょっと、うちの雑誌の上に置かないでください!」と文句をつけたら、なんとその方は『ボンズール』の編集長だった。そう、パリの弱小フリペは編集長=配達人です、という冗談はともかく・・、この20年間でいったい、どれだけの日本語の(一部仏訳を入れたりするものも含め)フリペが生まれては消えていったことか・・。

今一つ、発行に踏み切れず、うだうだしていたところ、私のお気に入りのクリエーターさんが、「広告を一つ出すから、頑張って、出しなよ」!え?彼女のブランドの広告がBisouに?それは永久保存版かも、と、この一押しで、発行を決心する。こういうミーハー心が編集者には不可欠。

で、表紙にはエッフェル塔とセーヌ川を背景に、好きなこけしをずらりと並べる。裏表紙には、この上なくかわいい、帽子をかぶったこけしを大きく使う。撮影したのは、この先“化ける”に違いないフォト・アーティストのSさん。いつかBisouJaponArtの表紙はブレイク前のSさんが撮ったんですよ、と自慢してやる(ささやかな野心!)。
撮影した日は、天気が悪い上に寒くて、小雨までちらついていたのだが、この表紙写真の撮影中に急に青空が広がり、風がいいあんばいに吹きはじめ、船のトリコロールがきれいになびいた。そう、これ合成じゃないんです。それで、この撮影の後に、ふらっと出向いた営業先で広告をゲット!さらに、その後、偶然にも広告営業をかけていた某社社長とばったり会い、広告掲載を確約していただき、ビズの神様がついてる!とはしゃぐ。

ビズアート写真撮影

<表紙写真撮影中のフォト・アーティストさんの後姿>

が、現実はそれほど甘いはずがなく、その後は、数々の営業先で、「うちはオブニに出してますから、結構です!」と久々に聞く、この“お断り”の決まり文句。中には、「ニュースダイジェストの広告予算が余っていたんだけど、それ使って、オブニにいつもより大きい広告出しましたから」とまで宣った方も。まあ、オブニは、パリの日本語フリペの代名詞的存在だし。

そういえば、「オブニは在仏日本人の電話帳」と名付けた人がいた。17年前、忘れもしないBisou創刊号の飛び込み営業を日系の眼鏡屋(ばれちゃいますね)にかけたところ、当時の店長さん(だと思う)に、「Bisouは、他の日本語フリペ(当時は乱立していた)より、読みごたえのある、面白い記事で勝負します!とアピールしたところ、彼いわく、「当店は、日本語のフリーペーパーは、オブニにしか広告を載せません。あれは在仏日本人にとって電話帳なんです。当店に予約したいお客はオブニで電話番号を調べる、それだけ。記事の内容なんて関係ないし、そもそもオブニの記事なんて誰も読みませんよ」ときっぱり。いや、オヴニの記事を楽しみにしている人もいると思うけど・・、なんて他紙をかばっても仕方ないし、と帰ろうとしたところ、その方、「もうすぐ、バレンタインですよね。(Bisouの創刊は2月でした)知り合いのチョコレート屋を紹介しますよ、とその場で、そのショコラ店に電話を入れてくれ、私はその足で、その店に向かい、見事、広告を契約してもらった。懐かしくも、ありがたいエピソード。後日、その店長のお姿(“お”までつけちゃう)を偶然、朝の地下鉄の中で見かけたことがあるが、Figaro(フランスの新聞です、念のため)を読んでいた。こういう方なら日本語フリペの記事なんか読まないかも、と納得したのであった。

ショコラで思い出したけど、Bisouの創刊号にはあの、ジャン・ポール・エヴァンも広告を出してくれたのだ。そんな有名人だとは知らず、ふらっとサントノレ通り店に入ったら、ちょうどジャン・ポール・エヴァン本人がいて、あっさり広告を契約してくれたのだ。で、お礼に(ってこともないけど)、no.2でインタビュー記事を掲載した。

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<当時は日本ではまだ、それほど、有名じゃなかった?>


話を現在に戻して・・、入稿直前にドタキャンしたクライアント(とは言わないか、結局広告を出さなかったんだから)が出るなどのハプニングもあったけど、何とか印刷入稿。で、配達予定日の二日前に、配達予定日をメールで確認したにも関わらず、その翌日、つまり予定より一日早く、届いてしまう。出かける準備をしていたところ、呼び鈴が鳴り、まさかと思ったら、トラックが・・。あと数十分トラックの着くのが遅かったら、受け取り損ねていたところであった。

で、昨日、車でオペラ地区を中心に配って回った。実はBisouJaponArtの第1号は、在仏日本人会に届けた際に、スタッフの方たちと話(しかもバカ話だったな)をしている間に、門の前に止めておいた愛車を、レッカー移動されていまい、凱旋門下の警察の違反者車両置き場まで、とぼとぼ歩いて、取りに行ったのだ。今回は、日本人会のすぐそばに、駐車スペースを見つけ、長居せず(用心して)。その後、つつがなく、半日かけて、無事、配達を終えたのである。

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昨年、11月13日のパリ同時多発テロ直後に書いて、UPし損なったブログ

パリでテロが起こった日の翌朝、義母からの電話で目が覚めた。正確に言えば、寝室隣の書斎にある電話の留守電メッセージに義母が怒鳴っている声で、起こされた。また、「なんで、先週は一度も電話をして来なかったの!」なんてお怒りか、と一階リビングに降りたところ、夫が携帯電話に向かって、「オレだって、今、テレビをつけて初めて知ったんだよ!」と大きな声で話している(義母は耳が遠い)。パリでテロが起きて、120人もの人が亡くなった(その時点で)という。大ごとである。自分が心配性なのを知っているのに、どうして、無事だと知らせる電話をかけてこないのか、と義母は怒っていたらしい。

朝食を取りながら、ずっとテレビニュースを見る。電車やメトロは動いているが、公共施設も美術館も閉鎖、商店も閉めるところが多いらしい。街頭インタビューでは、いつも通りに過ごして、フランス人はテロなどを恐れていないことをテロリストに向かって示すべき」という意見がほとんど。テロが起こって24時間も立たないのに、街中を歩いている勇敢な人たちなので、こんな発言も出るのだろうが、パリ市民一般はどう感じているのだろう。

パソコンを立ち上げたら、日本の友人知人から安否を気遣ってくれるメールが届いていて、びっくり。私が事件のことなど知らず、ぐーぐー眠っていた時間に書かれたメールもあったし。
テロリストの一部はまだ逃走中と聞き、朝のジョギングをするかどうか、ためらっていると、「木刀を持って走れば?」と夫が言う。相手は飛び道具を持っているわけだし、こんな状況下では、不審者と思われ、警察に通報されるかも。インタビューされた人々を見習って、いつも通りに走ろう、と決める。郊外の住宅街を走るのだが、心なしか、人通りが少ない。公園も週末のこの時間は、ペタンクに興じる人が数人いるのだが、この朝は、初老のムッシューが一人で寂しそうに(見えた)、鉄の球を投げていた。仲間はテロを恐れて、出て来ない?

戻って、メールをチェックすると、フィンランド在住のライター仲間、靴ぽんからメールがあって、彼女がよく記事を書いているニュースサイトの日本版ハフィントンポストに、パリの状況を在住者の視点で書かないか?と提案された。うーん、テロのせいで気分は落ち込んじゃってるし(盛り上がっている人はいないだろうけど)、10月まで会社勤めをしていて、そこでは編集に専念して、記事らしきものはしばらく書いていないし、そもそも、政治、社会、軍事(の範疇か?テロは)問題に疎いし、とメールを返したら、「専門家の分析みたいなものは他の人が書くだろうから、その落ち込む気持ちがどこから来るか、周りの人の反応などを書けば?」と勧められ、なるほど、それにハフィントンポストに記事が書けるなんて、またとないチャンスだし、と引き受けることに。

実は、その翌週、日本から二人、知人が来ることになっていた。一人は、子どもの本の出版社の社長でジャーナリストの松井紀美子さん。パリの公立図書館と児童本専門店の取材に来るので、私も一緒に付いて回る(単なる好奇心から。彼女は英語ぺらぺらなので、通訳は必要ないし)予定だったのだ。もう一人は、広島県熊野産の筆を使ってフェイシャル・トリートメントをするリンパドレナージュ・セラピストの小笠原美穂さん。彼女の筆リンパ実演をお手伝いすることになっていた。

松井さんは、あっさり「飛行機は飛んでるから、行く」と連絡を寄こす。

小笠原さんからは「心情としてはこういう時だからこそ、通常と同じく予定通り計画を進めたいけど、それによってパリの方々の気分を害したり、(トリートメントを受けるために)お出かけ頂く事によって危険にさらしてしまうようであれば本意ではない」と男気を感じさせる(女性だけど)メールが来る。来てくれれば歓迎、でも判断は任せる、と返事をすると、「行きます」と即座に連絡が来た。

テロ翌日の土曜日に、雑用をできるだけ済ませて、日曜から、ハフィントン・ポストの記事の取材・執筆に集中する。日曜の朝は、天気がよかったことも手伝ってか、ジョギング中に、犬の散歩をする人や、数人のジョガーともすれ違う。公園では3人のムッシューが楽しそうにペタンクをしていたし。ハフィントンの記事は、久々の長文記事で、しかも締め切りタイトで、テーマが重いので四苦八苦したが、何とか月曜の夜中に書き上げ、東京の編集部に送る。

火曜日に松井さんが到着するが、宿泊先が、郊外線でいえば、自爆テロのあったスタジアムの隣駅、“北駅”のすぐそばのホテル。多くの死者を出したコンサート会場バタクランまでも歩ける距離なので、一緒にキャンドルを捧げに行くことに。
途中、レピュブリック広場が近づくと、たくさんのテントが見えたので、何か、と思ったら、テレビクルーの待機用テント。フランスの局だけではなく、各国から来ている。事が起こるのを待ち構えているような様子にちょっと、不愉快な気分に。
雨が降り始める中、バタクランに近づくと、ひどい耳鳴りが始まり、両足の足先がツッたような状態になる。劇場前の歩道には、たくさんの人が傘を差しながら花やキャンドルを供えに来ている。抱き合って泣いている若者もいて、「共通の友人がここで亡くなったんだろうなぁ」なんて思いながら、私たちもキャンドルに火をつけて(雨でなかなか火が付かず、「今時、マッチ使ってんの?」と松井さんに呆れられる)、手を合わせたとたんに、すっと耳鳴りと足の痛みが消えた。

「エッフェル塔がトリコロールにライトアップされるんだって」と地元民の私も知らない情報をつかんだ松井さんと、じゃ、トロカデロに行こう、と地下鉄に乗る。夕暮れ時のシャイヨ宮広場に着くとジャーナリストっぽい、大きなビデオカメラを持っているムッシューがいたので、「ライトアップは何時からですか?」と尋ねると、「9時から」。こんな時だし、さすがに夜9時まで、パリに残れないけど、とりあえず、お茶でもしよう、とトロカデロ広場を囲むカフェの一つに入り、エッフェル塔(真っ暗)が見える窓ガラスに囲まれたテラス席に陣取る。念のため、ギャルソンに「ライトアップは何時から?」と聞くと、日本語で「7時(しちじ)」と答えてくれる。うーん、7と9を間違えていないだろうな?剣道クラブのフランス人たちも日本語の数字をよく混同し、日本剣道形の四本目を「よっぽんめ」などと発音したりするし。
7時までは待ってみよう、と暗いエッフェル塔を見ながら、白ワイン(茶ではなく)をちびちびと飲んで、松井さんとおしゃべり。襲撃されたレストランでは、テラス席にいた人たちが多く犠牲になった。にも関わらず、このカフェのテラス席は、ほぼ満杯。「テロに屈せず、今までどおりに過ごす」って大方のフランス人のスタンスなんだ、と改めて感心。
7時になるとエッフェル塔がトリコロールにライトアップされる。ギャルソン(の日本語)は正しかったのだ。慌ててシャイヨ宮広場に戻り、デジタルカメラをエッフェル塔に向ける。周りにも同じことをしている観光客らしき人々がたくさん。テロ直後で観光客が減っているに違いないが、夜、あまり出歩かないので、普段より人が多いのか少ないのかは、分からない。
家に戻って、写真を確かめたら、なんと真ん中の白い部分が消えていて、二色旗。松井さんがFBにUPしていた、写真はちゃんと三色旗。途中で、故障のため、二色旗になったと後で聞くが、一緒にいたのに、なぜ、私のエッフェル塔が二色なのか、謎だ。

テロエッフェル塔
<二色旗のエッフェル塔>

水曜は、パリ市立推理小説専門図書館の取材。館長は初老のマダムで、インタビューの後に、自ら閉架書庫まで案内してくれる。推理小説の類は、子どもの頃、ポプラ社の江戸川乱歩・少年探偵シリーズや快盗ルパル全集、名探偵ホームズ全集を読み耽ったが、中学生になってからは、アガサ・クリスティを数冊読んだ程度で、あまり縁(関心?)がない。フランスの推理小説と言って、思い浮かぶのはファントマくらいで、ルイ・フイヤード監督版のDVDを持っているが、本は読んでいない。ただ、この図書館取材のおかげで、怪人二十面相は、和製ファントマなのだということに突然、気づく(どうでもいい“気づき”かも)。

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<学級文庫に置いてあったなぁ>


<1913年制作の無声映画 『ファントマ』>

それからサンジェルマン地区にある、子どもの本の専門書店に飛び込み取材。ここはお客がいっぱいだったけど、周りのブティックは閑散としている。やはり、観光客向けの店が、テロの影響を受けているのだ、と思いながら、歩いていると、それでも、日本人観光客らしき人たちともすれ違う。テロの後、日本の旅行会社のパリ観光ツアーが相次いでキャンセルになったと聞いたから、テロ前にパリに入った人という可能性も。

木曜の午前中は、パリに到着した筆リンパドレナージュの小笠原さんと彼女が土曜日に実演を行うギャラリーで軽く打合せ。「飛行機はガラガラで、3席使って、寝て来れちゃいました」と小笠原さん。無理もない。

午後は、松井さんと14区の児童書専門店に飛び込み取材をした後、前日の推理小説専門図書館に戻る。というのも、イラストレーター Miles Hyman(推理小説本や有名雑誌の表紙イラストなんかも描く)の作品展のオープニングがこの夕方にあったのだが、松井さんが彼の作品を気に入り、日本で展示会を開くことを視野に入れ、作家本人と名刺交換をしたい、と言ったのだ。で、会ってみたら、松井さん好みだったらしく、ツーショットを撮ってあげたら、もう幸せそうな顔で(松井さんの方がね)、「作品を見た時から、きっといい男に違いないと思っていたのよ」・・本当か?


< Miles Hymanはこんなイラストを描く人>

その夜は、ノルマンディ地方に住む友人、智子さんの彼氏、写真家エマニュエル・オルティズの個展に行く。エマニュエルが、1991年から9年間かけて撮り続けたユーゴスラビア紛争の写真を展示するのだが、ギャラリーのサイト、FBにメインで載せてあったのが、白い布をかぶせた遺体、という、この時期にこれは・・、という作品であった。
しかも、会場が、パリ東部郊外のモントルイユ。テロリストが車を乗り捨てたと報道されていた地区だ。智子さんには会いたかったが、松井さんも来ているし、モントルイユはちょっと遠いし、と行くかどうか悩んでいたのだが、逆に、こんな状況で来場者が少なかったら、智子さんたちもがっかりするだろう、と共通のジャーナリスト仲間と連絡をとりあって、行くことに。テロリストが、隠れ家の近くに車を乗り捨てるとも思えないしね。
松井さんも写真展に興味を持って、一緒に行ってくれたのがありがたかった、というのも、会場は、地下鉄駅からけっこう離れて、人通りの少ない道を歩かなければならなかったのだ。
で、そのギャラリーは、自動車修理工場のような建物の外階段を上ったところにあった。「テロリストのアジトみたい」、と言ったら、智子さんが、「テロリストの車が乗り捨てられたのは、このすぐそばだったんだって」。
しかし、それを知ってだか、知らぬがほとけでか、老若男女たくさんの人が集まり(犬もいた)、写真展のオープニングは、大盛況であった。

テロエマニュエル
<写真展のフライヤー>

ハフィントンポストに書いた記事は、思った以上の反響があり、同業者、つまり編集者やライターからもお褒めの言葉をいただいた。文字量多めの記事を短時間で書いたので、後から読み返すと文章がちょっと雑な気がするのだが。しかし、書いたもの褒められるのが、一番うれしいので、やっぱり私は物書きが向いているのだわ、なんて思ったり。

テロ発生から一週間が経ち、21日土曜は小笠原さんの広島熊野産の筆を使った顔リンパドレナージュの実演の日。寒くて天気が悪く、それにもちろんテロの影響があって、思ったほど人が来なかった。ポジティブ思考の小笠原さんは、「昨日、ルーブル美術館に行ったら、並ばずに入れて、モナリザも特等席で見れちゃいました!」。勇気をもってこんな時期にパリに来てくれたんだから、“いい思い”をしてもらわないと。こうなったら、デパートやブティックも、勇敢な旅行者のための特別感謝セールをぜひ、開いてほしい。


この文章を書いてから1年経ったが、相変わらず、日本人観光客は減ったままらしい。フランスのニュースでも、「特に日本人観光客が大幅に減り・・」というフレーズを何度か耳にしたし。

旅行者向けテロ対策グッズなんてものはないのかなぁ、と日本のネットショッピングサイトをチェックしてみる。テロ対策対ライフル用防弾ベストも売っているが、東京パリ往復空港券が買えちゃう値段だし、総重量5キロって、これじゃ肩や腰を痛めないか?
Risk Control Corp, TACTICALテロ対策 対ライフル用防弾ベスト(プレート前後付き)

さらに、ぐぐっていたら、こんなものが。


スリ除けくらいにしかならないか。
そういえば、昔、日本で仏語会話教室に通っていた時、フランス人講師が「フランスでは消防士はみんなに好かれていますが、警官は嫌われています」と言ったのをよく覚えている。実際に住んでみて、うーん、当たらずと雖も遠からずか。こんなもの着て、パリの街を歩いたら、逆に反感を買ってしまうかしら。

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海外での会話はコノ1冊で心配なし!







パリ写真月間にちなんで、フォト日記風ブログ

今年はブログを頻繁に更新する、と新年の目標を立てたのに、気が付けば、11月で、9本しか書いていない。いつも、だらだら長文になり、それをあれこれ直していると面倒になって、「私がブログを書かなくても、誰も困らないし」、と、途中まで書きなぐったもの(パソコンだから、打ちなぐり?)をボツにしたり。

で、11月、パリは、写真月間なので、それにちなんで、写真を多用し(私にしては)簡潔な日記風ブログを書こう、と思い立つ。

11月のある一日

「今日は寒いぞ、最低気温はマイナス1度だぞ」と一足先に起きてTVの天気予報をちゃんと見ていた夫が言ったので、この冬初めて、ダウンコートを着て出かけることにした。先月買った、おニューのダウンなのだ(写真には写さないけど)。

写真パリ東駅
<パリ東駅>

朝、10時過ぎに家を出て、パリ東駅近くの写真専門書店に向かう、パリ進出のお手伝いしている日本人写真家A氏の作品集を納品するために。先月、見本を持って行ったら、一人で店を切り盛りしている風のオーナーが、気に入った様子で「3冊、置きましょう」と言ってくれたので、日本から送ってもらったのだ。森山大道スタイル、と写真にあまり詳しくない私は、説明しているのだが(森山大道は、フランスでも有名)、ここのオーナーに「森山大道の亜流は、うんざりするほどたくさん見たが、A氏の作品は、何か、別のものを持っている!」と言われ、我がことのように、うれしくなる。して、その、別のものとは?と尋ねると、「うーん、映画的、というか・・」。私は写真より映画に詳しいつもりだけど、オーナーの言わんとしていることは、分からん」
帰りがけに、オデオン近くにある、他の写真専門書店を教えてくれて「そこにも行ってA氏の作品集を見せるといいよ、日本人写真家の作品集をたくさん取り扱っているから」。
ちょうど、午後、オデオン界隈で約束があったので、写真集は全部納品しちゃったけど、ついでにその店を覗きに行ってみることにする。



東駅から4番線でモンパルナス方面に。BisouArtのフリーペーパー第2号の発行が決まり、モンパルナスにある、行きつけの美容院が広告を出してくれるというので、いそいそと集金に向かう。次の12時半のランチの待ち合わせまで、時間が少しあるので、集金の後、カフェに入って、カフェ・クレームでも飲もうかと思っていたら(寒い時は特においしく感じるのだ)、美容院のオーナーが「コーヒーでも飲んでいかない?」と、予約客が約束の時間に来ず、ヒマしているらしい。いつも客がいっぱいで、オーナーは忙しそうにしているので、珍しいこともあるもんだな、と思いながら、ありがたくコーヒーをいただき、オーナーとおしゃべり。「ミルクないの?」と尋ねると、「そんなもん、ないわよ」と言われ、そういえば、最近、同じようなシチュエーションに遭遇したので、クリープのスティックを持ち歩くのも悪くないかな、と思いつく。重いもんじゃないし。フランスの粉末ミルク(régilaitってやつ)はまずいから、帰国時に日本のクリープを買おう。

ランチの待ち合わせは、ラスパイユ大通りとフルーリュ通りの交わるところ、という不思議な提案。美容院からも地下鉄二駅のところだが、寒いけど天気がいいので、のんびり歩くことにする。
途中、後姿のカッコいい(私の前を歩いていたので、後姿しか見えない)、白髪のマダムが颯爽と歩いていたので、iPhone見てるふりをしながら、盗み撮り。お顔を拝見しようと速足で追いかけ、赤信号で立ち止まっている横顔をちらり。自信に満ち溢れた七十女、という顔。そうか、自信って、後姿にも表れるのだな。

写真後姿
<後姿のかっこいいマダム。アーティストさん?>

待ち合わせ場所に早めに着き、ウィンドーにジャケットと革小物が飾ってある店があったので、入ろうかなと思ったら、猟グッズの店だったので、好奇心は湧いたが、諦める(誰がどう見たって、私は狩人に見えないでしょう)。
路上にベンチを見つけたが、日陰なので、日向で立ちんぼしていると、待ち合わせの相手、Mさんがやって来る。リュクさんブール公園に続くフルーリュ通りにおしゃれっぽい店が並んでいて、どこも入ったことないので、一緒に行きましょう、というお誘いだったのだ。ビストロ、パン屋のやっているカフェ、オーガニック・カフェなどがあって、結局、草食系のかわいい男子店員に店の中からガラス越しに、にっこり微笑まれ、それにつられて、オーガニック・カフェに入ってしまう、おばさん二人組。いや、Mさんは私よりはずっと若いけど。数日前に40度近い熱を出し、病み上がりなMさんと有機野菜のポタージュを頼む。メニューにパッタイもあって、ひかれたが、生野菜のパッタイ、とあったので、この寒い日に体が冷えそうだから、パスする。通訳・翻訳・イベント企画など幅広く手掛けているMさんと近況報告しあいながら、Mさんの成功オーラをおすそ分けしてもらえますように、と密かに念じる、風邪は一緒にもらいませんように、と付け加えて。

写真オーガニックカフェ
<この窓から、店員男子に微笑まれ、ついふらふらと・・>

写真野菜のポタージュ
<野菜のポタージュ、パンもおいしかったし>

写真チーズケーキ
<チーズケーキ>

デザートのチーズケーキも頼んで、おしゃべりを続けていたら、あっと言う間に時間が経つ。次の待ち合わせはボナパルト通りの、これまた行ったことのないサロン・ド・テで、この通りは長くて、サンジェルマン大通りを飛び越し、セーヌ河に近い方だったら、完全遅刻じゃ~、と速足で歩いていたら、もらった住所は、サン・シュルピス教会の目の前だったので、ぎりぎりセーフ。写真家Sさんから、BisouArtに広告を出してもいいと言ってくれている在仏日本企業の方を紹介してもらう予定。
ところが、その住所には○○会館風の建物が立っており、中に入ると、旅行会社のカウンターのようなものが。ありゃ、間違ったかな、と外に出ると、Sさんが到着。よくよく見ると、LA MAISON DE LA CHINE中国会館とあり、カウンターでは、中国旅行ツアーの紹介などしているらしく、その奥に、サロン・ド・テが。中国茶を置いてあるのかと思ったら、マリアージュ・フレールの紅茶缶が並んでいた。
紹介されたクライアント候補のNさんは、会社員兼アーティスト(って言い方、変?)。アートの国フランスと言えども、アーティスト家業だけで食べて行くのは難しく、副業で生計を立てながら、アート活動をしている人がごまんといる。以前、剣道仲間で、警察官兼画家の男性もいたし、うちの隣のムッシューは、美術学校を出た後、肉屋で働きながら、油彩画を描き続け、定年退職後、画に専念して、地方のサロンに出品したり、レストランで展示をしたりしている。
Nさんの場合は、会社の仕事と個人の活動がリンクしている部分もあり、仕事も楽しいという。確かに、“人生楽しいオーラ”を発している人である。今、写真作品集の企画出版を計画中、と相談を受けるが、面白いアイデアなので、私も出版社探しに協力することに。
それにしても、“写真”に縁がある日だな。

写真サンシュルピス教会
<『ダ・ヴィンチ・コード』に出て来た、サンシュルピス教会>

その後、東駅近くの写真専門書店で紹介してもらったオデオン近くの店へ。ちょうど、PHOTO SAINT-GERMAINフォト・サンジェルマンのオープニングの日で、沖縄をテーマにした写真展示が行われていた。フォト・サンジェルマンは、写真月間のイベントの一つで、サンジェルマン・デ・プレ地区にある、ギャラリー、美術学校、ドラクロワ美術館などが参加し、各自写真展を中心に、写真に関連するイベントを行うもので、今年は会場が40か所。書店と聞いていたけど、東駅の店に比べると、ギャラリー風で、本はあまり展示されていないが、フォトサンジェルマン開催中の特別ディスプレイなのか?オーナーにAさんの話をして、後日、見本を持ってくることを約束する。
家に戻って、この店のサイトを覗き、オンラインショップを観たら、森山大道『遠野物語』初版署名入りとか、PROVOKE(今年発刊された英語版解説書ではなく、本物の)なんぞも取り扱っていて、けっこうマニアックな店かも。


<右は、英語版のPROVOKE>

写真PSG宣伝
<フォト・サンジェルマンの宣伝ポスター>

最後に、ネスプレッソのショップに行く。Mさんに「今日はネスプレッソに行かないと」、と話したら、「え、ネスプレッソがBisouArtのスポンサリングを?」と聞かれる。んなわけない、単に自分のお買い物。リュ・ド・バックにあったはず、と同名の地下鉄駅を目指して歩く。ところがたどり着いても、それらしき店が見当たらず。スマホで検索すると、同名の通りにあるが、場所はデパートのボン・マルシェの裏、お門違いの方向に歩いたことに気付く。しかも、検索結果で、先ほど打合せをした中国会館のあるボナパルト通り沿い、しかも同じ側、10番地も離れていないところにネスプレッソのショップがあることが分かる。目の前を歩いたはずなのに、なぜ、気づかなかったんだ?無駄に歩いて、帰宅の時間が30分は遅くなった。それに、ネスプレッソのショップで買い物すると必ずコーヒー一杯を試飲できるが、ランチしたオーガニックカフェで最後に頼んだエスプレッソは酸味がきつくておいしくなかったので、あそこでコーヒーを飲まず、早めにボナパルト通りのネスプレッソで、買い物を済ませれば、おいしいコーヒーが試飲できて、コーヒー代も浮いたのに、とせこく後悔する。
ダウンを着て、たくさん歩いたせいか、リュ・ド・バック店についた時は、汗だく。試飲コーナーで、「お水も一緒にいかがですか?」なんて言われてしまった、恥ずかしい・・、ってほどのことでもないか。





まあ、たくさん歩いて、色々な人とおしゃべりし、新しい店も開拓したし(行かなかったネスプレッソボナパルト店を含めて)、有意義な一日だった、と日記には書いておこう。

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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