ハムスターのお墓

 9歳の息子が、夜、「オレ、死にたい」と泣き出し、驚いて覗きに来た夫にも、フランス語で、同じことを繰り返した。その時、息子に読み聞かせをしていたのだが、発達障害の特徴の一つで、息子は文章(文字)を読むことはできても、その内容が把握できない。日常でよく使う単語でさえ、意味が分からなかったりする。それで、時々、読み聞かせの最中に、言葉や短い文章を選んで、「これどういう意味?」と確認することにしている。その夜は、一度、説明した言葉がまた出て来たので意味を尋ねたところ、考えようともせず、「知らん!」と言ったので、叱った。それで泣き出したのである。それが引き金になって、「クラスのみんなもオレの話を聞いてくれない。ママも同じだ」と言って泣きじゃくる。
息子は独り言が多く、自分の興味のあることしか話さず、他人と会話を紡ぐことができないので、友達が一人もいない。そんな自分を悲しく、寂しく感じるようになって来たようだ。さんざん泣いた後に「・・オレ、ハムスターがほしい」。以前、息子のセラピーにも役立つから犬を飼おう、と私が言った時、夫の第一声は「ヴァカンスの時、どうするんだ?」。さすがフランス人である。ヴァカンス以外でも毎日、散歩させなければいけなかったり、と犬は手間がかかる。知人が「うちの犬はやたら病気になってたいへん」とこぼすのを聞いたこともあるし、結局、世話をするのは私になりそうだし、と、私も固執しなかった。その後、犬に比べれば世話をするのが楽なハムスターは?と提案した時も、「ハムスターの病原菌から子どもが病気になる」、とか「アレルギーの原因になる」、とか、夫はネガティブなことばかり言う。要するに動物が嫌いなのだ。
 
しかし、今回は夫も息子のことが心配になったらしく、「自分が世話をしないと死んでしまう存在がある、っていうのは息子にとって生きる励みになるかも」と私が言うと、納得した様子で、その翌日に、ハムスター飼育のマニュアル本まで買って来た。
息子は、それをうれしそうに読みながら、「名前はハム太郎にする」!。

週末に近くのショッピングセンター内のペットショップへ出かける。
息子は白黒のオスのパンダ・ハムスターを選び、その後、店員のアドバイスに従い、ケージ、えさ、わら、など必要なものを全て購入。家に帰り、ケージに床材を敷き、給水器や回し車などを設置し、お皿に餌をいれ、箱からハム太郎を中に移す。なんだかよたよたしながら、木製の小さな小屋に入り、そのまま出て来ない。ケージを息子の部屋に持って行き、ペットショップで言われたように、窓のそば、ラジエーターの前を避け、床に置く。息子は何度か覗きながら「まだ寝てる!」。「夜行性だからねぇ」なんて言って放っておいたが、夜になっても出て来ない。
 そして、朝、小屋を持ち上げてみると、ハム太郎は冷たくなって死んでいたのだ。なぜ?何を食べたわけでも飲んだわけでもない。部屋が寒かったわけでもない。我が家についてすぐ、小屋に入りこんで、そのまま天国へ行ってしまったのである。夫は「ペットショップで、すでに弱っていたんだろうなぁ」。
 ショックを受けるのではないかと心配であった息子はけろっとして、「パパがまた買ってくれるって」。これって、発達障害特有の情緒の未発達?ペットが死んだのにちっとも悲しまないなんて、と息子の反応にハム太郎の死以上にショックを受ける。だが、待てよ。息子はハム太郎をなでたり、餌や水を与える機会すらなく、いっしょに遊ぶ間もなかったのだ。それなら愛着がないのも当り前か。
 
庭の桜の木の根元に穴を掘り、ハム太郎を白いティッシュに包み、餌と、こんな時期につぼみが出ていた水仙と一緒に埋葬し、四角く切った段ボールにハム太郎の墓、と書いて立て、お線香を焚いて、息子と手を合わせる。小学校2年の冬、飼っていた犬が交通事故で亡くなり、庭の桜の木の下に埋めてやったが、翌春はその桜が例年以上に花をつけ、桜吹雪がきれいだったっけ。

 ハム太郎は、あのままペットショップで死んでいたら、手厚く葬ってもらえず、名前さえないままだったろう。短い生涯だったけど、最後はちょっと幸せだったかな、と考えることにした。
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江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター。立教大学仏文科卒。映画理論を学ぶために96年に渡仏し、パリ第一大学映画学科に登録。PRESSE FEMININE JAPONAISEを設立し、99年にパリ発情報誌『ビズ』を創刊。現在、日本の雑誌やWebにフランスの情報記事、コラムなどを寄稿しながら、日仏バイリンガルサイト『ビズ・ジャポン』の編集長を務める。著書は芝山由美のペンネームで『夢は待ってくれるー女32才厄年 フランスに渡る』。

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