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セーヌ川の増水と広島と千羽鶴


 夏のように暑い数日の後、雨が降って暖炉に火を入れる寒い日が続いたり、の天候不順だった5月半ばに、鼻風邪をひき、直った途端に、今度は夫が風邪で寝込み、移されないように(移し返されないように、か)用心していたはずが、6月に入った途端、再び風邪がぶり返す。悪寒から始まり、セーヌ川の水位上昇に合わせるがごとく、熱がどんどん上がって行き、パリに出る用事は延期する。
 
セーヌ川の氾濫は、10年以上前から、そのリスクが取り沙汰されていた。というのもちょうど10年前に、我が家は、セーヌ川に近いブーローニュのアパルトマンを売却したが、その時、不動産売買契約書に、セーヌの氾濫で浸水する可能性が高い地域であることを示す書類(地図)を添付しなければならなかったのだ。その5年前、購入時には、そんな書類は見た覚えがないので、「最近、義務づけされた、ってことは、洪水のリスクが高まっているってこと?と気になった記憶がある。

で、そこから引っ越したのが、現在住んでいる、コンフラン・サン・トノリン市。コンフランの由来はコンフリューアンconfluent、二つの川の合流点の意味で、町の南がセーヌ、西がオワーズに接しているので、両川が氾濫した日にゃ、町ごと水没?なんてイメージが湧かなくもない。
私の書斎の窓からオワーズ川が見下ろせるが、「あの水が我が家まで上がって来る時には、フランス全土の半分が水没しているよ」と夫が言うくらいの高低差が、幸いにもある。セーヌ川は、徒歩10分くらいの距離にあるが、向かう途中に急な下り坂もあり、こちらの水が我が家にたどり着くのは、フランス沈没の時か。

6月1日水曜日のニュースで、パリ近郊の水害の様子が報道され、知人の住む街の商店街が浸水被害を受けている様子を見て、お見舞いメールを送ると、「高台に住んでいるので、直接の被害はなかったけど、一時期停電になった」と返事が来た。
風邪のおかげ(?)で、家で昼のニュースなんかもぼーっと見る(熱のせい)時間ができ、洪水情報を追っていたのだが、金曜日には、パリを流れるセーヌ川もどんどん水位が高くなり、岸沿いを走る郊外線C線は一部が不通になる。川沿いに建つルーブルやオルセー美術館は、万が一に備えて、地下や地上階の美術品を上階に移動するため休館に。セーヌ沿いの道路は浸水し、通行止めの箇所も増え、パリの路上は大渋滞となり、ニュースキャスターは「パリに出るのは止めましょう」ときっぱり(控えましょう、ではなく)。
さらに、以前住んでいたブーローニュのアパルトマンの目と鼻の先にあった、セーヌ川中州にあるサンジェルマン島がヘリコプターからの上空撮影(ドローンか)で映し出される。この島には大きな公園があり、中央にジャン・デュビュフェ作の巨大オブジェが無造作に立っている(雨ざらし)が、そこをめがけて四方からじわじわと水が押し寄せ(ているように見える)、「住民が非難しています」のコメントで、“ただ事ではない感”が強くなる。

実は、その翌日の6月4日土曜日にパリの南端、国際大学都市内にある、日本館で行われるイベントを見に行くつもりだったのだ。

 話は4月初旬に戻り、パリ在住写真家の澄毅さんから、6月4日に日本舞踊&コントラバス演奏&写真展示のイベントを企画するので、その広報を手伝ってほしい、と言われる。
現像した写真に穴をあけたり、無数のスリットを入れたりの加工をして、そこに光を通して再度撮影するというオリジナリティあふれる彼の作品は、実に印象的だ。パリで彼が初参加したアート展にアニエス・ベー本人が来て、彼の作品を気に入り、購入したのだという。アニエスファンの私としては、このエピソードだけで、澄さんの株が急上昇する、いやいや、アニエスに関係なく、彼の作品は好きだけど(誰に向かっての言い訳だ?)。
それで、広報についてパリのカフェでしているうちに、なぜか、フリーペーパーBisouをBisouArtとして復活させ、このイベントの宣伝ツール兼パンフレットとして使おう、ということになる。それが、私の4月の日本帰国一週間前の話で、フランスに戻ってから印刷入稿まで3週間、という怒涛のスケジュールで、澄さんとその奥さま坂美春さん(イラストレーター兼グラフィックデザイナー)と私のたった3人で、コンテンツ、版下制作から広告取りまで(3社+1団体に広告を出していただきました)やってのけ、無事、5月19日にパリで配布をする。

広告が取れた上に、一般社団法人東京演芸協会からの援助金までいただき、印刷も予想より早く上がったり、と何かとついていて、「ああ、Bisouの神様は健在だ!」などとはしゃいでいたら、配布のためにパリ日本人会の玄関前に止めておいた、私の車がこつぜんと消える。盗難?と顔が引きつったが、レッカー移動されたのだ(これも引きつるけど)。さっさとフリペだけ渡して、車に戻ればよかったものを、日本人会スタッフの人たちとバカ話をしていたら(でもほんの5分くらい)、徘徊しているレッカー車に持って行かれた。運よく(?)引き取り所は、歩いて行ける距離、凱旋門の地下の駐車場だった。。まだ半分以上残っていたフリペもギターも(夕方からギターの会に参加予定だった)無事。罰金には涙が出たが、盗難よりマシ、か。

セーヌ氾濫表紙
(Bisou Art表紙。写真はもちろん、澄毅さん)

6月4日のイベントのタイトルは、『ふるえと光』(Vibration et lumière)。
澄さんが撮った燃える折鶴の写真を、会場に千枚敷き詰めて(千羽鶴)、その上で、パリ在住コントラバス奏者スズキケンタローさんの演奏に合わせて、被爆二世である日本舞踊の家元、野西晃造先生が、原爆を題材にした創作舞踏を披露するというもの。澄さんは京都出身だけど、お祖父さまは、呉で原爆の光を見たのだという。
その大切なイベントの直前にセーヌの増水が始まる。この一日だけのために、野西先生は、日本からいらっしゃるというのに。会場はセーヌから離れているが、増水のせいで交通機関が止まって、観客が来られないということもありえる。
金曜夕方には、夜には水位が6.2mまで上がる可能性がある、との予報(増水予報?)まで出た。

で、当日、6月4日は、曇り空。でも、増水って雨が止んだ後も続くんだよね。ネットで調べてみると、どうやら、目的地までの電車は無事、動いている。ほっとして、息子を連れて、うちの近くの郊外線A線の駅まで行くと、なんと、信号機の故障だとかで、不通に。幸いなことに、この駅には別の鉄道が通っていて、それで、遠回りしながらも、開演時間直前に会場に着く。
席は半分程度埋まっていたが、開演予定時間を過ぎた頃からぞろぞろと人が到着するのは、さすがフランス。あっと言う間に満席になり、いよいよ、舞踏が始まる。
燃える折り鶴の幻想的な写真をらせん状に千枚敷き詰めた舞台の上で、野西先生のしなやかさと力強さを併せ持つ舞いが始まると、急に空気が緊張し、不思議な空間が生まれる。ケンタローさんのコントラバスが奏でる美しい曲は、鎮魂歌なのであろう、死者の魂を慰める音色は、同時に生者の心にも安らぎを与え、出かけに飲んだパブロンの催眠効果も手伝って、一瞬、意識を失い、その後に自分の身体が、舞台空間に浮かんでいるような気がした。幽体離脱か、単なる居眠りか?
終演後、アペリティフの時間があり、何人かの顔見知りとおしゃべり。感動のあまり涙が出た、と言う人も。知人の抽象画家さんは、「広島なの?福島をテーマにしているんだと思った」と宣う。「bisouを読んでいないんですか?光は、原爆を意味してるってちゃんと書いてあるでしょ?」と言いつつ、もう一度、澄さんの書いたテキストを読み直すと、「日本人にとってふるえは地震であり、光は原爆に帰結する」と書いてあった。いかん、印刷入稿が終わるや否や、中身はすっかり忘れてしまい、誤植を見つけるのが怖くて、完成後は読み返していないし。確かに、燃える鶴の火は原発をイメージさせるかも。高村薫の原発をテーマにした傑作小説のタイトルも『神の火』だし。

セーヌ氾濫イベント
(イベント終了後のお三人)

その後、シャトレ界隈に行く用事があったので、せっかくだから、とセーヌ川を見に行くと、見物人(?)がたくさんいた。そういえば、テレビのニュースで、美術館閉鎖で行く当てがなくなり、橋巡りをしている旅行者や、水が欄干まで迫る橋の様子をスケッチしている画家さんの姿などが映し出されていたっけ。確かにここまで増水したセーヌは滅多に拝めるものではない。水位が8mを超えた1910年の大氾濫から数えれば100年ぶり、近いところでは、6.18mを記録している1982年の増水からも30年以上経っているのだから。

セーヌ氾濫見物
(セーヌ川見物の人々)

その後、最近日本滞在期間が長くなり、ずっとお会いできなかった、皮膚科医の岩本麻奈先生と待ち合わせ。お互い風邪をひいていたし、息子が一緒だったので、お茶しながら、ちょっとだけ、おしゃべり。大ヒットした『パリのマダムに障害恋愛現役の秘訣を学ぶ』の男性版『生涯男性現役 男のセンシュアル・エイジング入門』を上梓されたところであるが、“できる男は知的な色気がある”と、帯に踊る文字がすでに、興味深い。



 その夜は、旦那が剣道の講習会で泊りがけでノルマンディに行っていたので、息子と二人水入らずで、ごはんを食べて帰ろう、とオペラ近くのラーメン店に寄る。セーヌからそれほど遠くない界隈だが、久しぶりに雨が降らなかったせいか、夜遅い時間も外を出歩く人々が多く、洪水の危機感などどこへやらの、穏やかな雰囲気。
平常運転に戻っていた郊外電車に乗って、帰路に着く。電車は、我が家近くの駅に着く直前にセーヌを渡るので、どのくらい増水しているのか見てみようと思ったら、10時を過ぎ、日が落ちた後だったので、川面は真っ暗で見えなかった。
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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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