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日本の小学校への体験入学~前編~

 日本帰国について書くなら、この話題を避けて通るわけにはいくまい(と、誰に強制されているわけではないが)、この夏の帰省のメイン・イベントとも言える、息子の日本の小学校への体験入学。

 私の高校時代の友人の子ども(次男がうちの子と同じ年)が通う、品川区の小学校へ7月の2週間、息子を通わせることになった。フランスの学校は7月あたまから夏休みなので、6月末から7月頭に帰省して、日本の学校が夏休みに入るまでの2~3週間の間、子どもを体験入学させる、という日仏家族が少なくないのだ。この品川区の小学校は私の姉の家からも遠くない、ということもあり、区の教育委員会とコンタクトを取り、友人から校長先生に話を通してもらい、無事、入学許可をいただいた。

 息子はこの4月から進研ゼミ小学講座『ちゃれんじ1年生』の通信講座を受けていて、教材のDVDで日本の小学校の様子が紹介されていたり、紙製のランドセルの付録がついていたりで、「日本の学校、行きたい」、「ランドセルほしい」と繰り返していたのだ。

すでに書いたように、うちの息子は発達障害の疑いがあり、フランスで療育センターに通っている。ただ、読み書き算数は日仏語ともよくできて、週一回通っている日本語補習校の先生に体験入学のことを話したら、「1年生の漢字と計算は完璧だし、最近は態度も落ち着いてきたから大丈夫でしょう」と太鼓判を押していただいた。また、日本でも発達障害の子どもが増え(教室で床に寝てしまう子、落ち着きなく授業中に廊下に出るような子がたくさんいるなどという、まことしやかな話も耳にしたし)、フランスに比べて支援もしっかりしているらしい(発達障害支援法もできたし)と聞いていたのだ。・・なんて、実は自分に都合のいい情報だけを頭にインプットしていたのかもしれない、と日本に行って、気づくのだが。

成田に着いた翌日、フランスでは体験したことにない蒸し暑さの中を、電車を乗り継いで教育委員会に行き、受け取った書類を持って入学先の小学校に向かった。ちょうど時差ボケの一番つらい14時頃、校長室に通されると、ぐったりとした息子は突然、いすを二つ並べ、横になってしまう。そこにミニスカートをはいた女性の(当然)校長がにこにこしながら近づき「こんにちは」。それに対して息子は「邪魔だ!」と怒鳴ってしまい、副校長(男性)、担任の女の先生(私と同じくらいの年齢か少し上か?)の顔がひきつる。「時差ボケが一番つらい時で・・、私も頭がふらふらで」と慌てて言い訳する。実はこの時、「邪魔だ」と言いながら、校長先生を蹴とばしていたことを(私のいた位地からは死角で見えなかった)、その時同行した姉から後で聞いて、ぞっとする。
 友人には、その日に会って、発達障害の話をすると、「うちの学校は他の区から越境通学する子もいるような評判のいい学校で、発達障害の子の話なんて聞いたこともない」と言われる。発達障害を素行不良のように扱われ、戸惑うも、じゃ、発達障害児が日本で増えている、っていうのは私の希望的(?)観測と、不安になった。

 息子は書類提出をした翌週から、通学することになっていた。その前に、まずは剣道具屋に防具の注文に行き、その後、神奈川の実家への里帰りし、それから伊豆白浜で数日間のんびりすることになっていたのだ。

“蹴り”の翌日は剣道具屋に行くついでに、池袋で買い物をした。東武のユニクロを見ている間、息子はパパに連れられて隣のおもちゃ売り場に。買物を済ませ、私が二人に合流した時、息子はウィンドゥに飾ってあったレゴ・シティの警察シリーズにうっとりと見入っていた。そこで、一計・・、「7月6日からの2週間、学校でいい子にしていたら、17日にレゴ・シティを買ってあげる」と息子に告げる。息子は小さい頃から数字に異常なほど関心を示し、数字と関連させると物事を把握、記憶しやすい性質がある。例えば、一度遊びに行った友達、親戚の家は全て番地を記憶し「○○番地の家」と呼ぶ。レゴ発言に夫は眉をひそめ「警察シリーズはトータルで3万円って書いてあったぞ!」。シリーズのうち、警察ヘリコプターと護送車は去年のクリスマスに義兄から、警察トラックも去年の誕生日に義母からすでにプレゼントされていた。しかし、一番高い警察署本体は持っておらず、これが1万6千円もする。・・ご褒美には、ちと高い。
 
 翌週の月曜日、姉からプレゼントされた黒いランドセルを背負って息子は学校に向かうも、いざ、校舎に入ると、緊張で顔が硬直し、「学校は嫌だ!」。親としては1日だけでも授業を受けさせて、どうしても無理なら止めればいい、という腹積もりであったが、それを本人に言ってしまうと、これ幸い!と1日で止めかねないので、「2週間、ちゃんと学校でいい子にしていたら、レゴ・シティでしょ」とモノでつる。
教室に入った息子の様子を後ろのドアから夫と、ドキドキしながら見守る。その日はもう一人、アメリカからの転校生がいた。駐在員家庭の子弟らしい、利発そうな日本人の男の子だ。その子と二人で息子が黒板の前に立ち、まずは自分の名前を名乗る。「どこから来ましたか?」の質問に、転校生君は「アメリカです!」とハキハキ答え、息子はもじもじしながら、「日本です」(・・確かに、すでに1週間日本に滞在しているが)、好きな色は?「紫です」とおしゃれな転校生君、「青です」と無難な息子。好きなものは?の質問に「自動車と電車です」と模範解答の転校生君、息子はためらいなく「レゴ・シティです」。すると「オレも!」、「オレもレゴ・シティ持ってるぞ!」とクラスの男の子たちから声が飛び交い、息子は得意げな様子に。

第一関門突破・・、と胸をなでおろし、夫と二人で学校を後にしたのであった。

小学校入学

(懐かしの黄色い帽子)
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レゴシティ

レゴシティておもちゃなんですね。初めてしりました。いまから日本語とフランス語を習っていれば、うまくなりますよね。たいへんでしょうけど。
上高地の写真は懐かしかった。20年以上も前に山登りの出発点としてとうりました。

日本の学校はどうだったんでしょう?

Re: そうでしたか・・・。

マダムかおりんさん、こんにちは。

素晴らしいお仕事をされていたのですね。

発達障害のある人はもくもくと一つのことに取り組むのが得意なので、農業は向いていると思うんですよ。
というのも、発達障害児の特徴に、ミニカーを一列にきれいに並べるというのがありますが、これって、昔、田植えを手で行っていた時代には、発達障害の人が、苗をきれいに田んぼに並べていったのではないか、なんて想像します。

昔から発達障害の人はたくさんいたのだけれど、このようにもくもくと農作業をしたり、あとは、職人となって何かものを作ったり、できっと、他人とのコミュニケーションは苦手でも人様の役に立つ仕事をして生活してたのだろうなぁ、と思います。

農家の人が障害者に偏見を持つのは仕方ないと思いますが、本当に人手不足になって、仕方なく働いてもらったら、思った以上に仕事をして驚いた、なんて例が少しでも出てきて、そこから障害者雇用が広がればいいのですけど。

No title

ushizakaさん、こんにちは。

山登りをされるのですか?私も憧れますが、体力がないので、途中で止めることのできないスポーツはちょっと・・。

日本の学校の様子を後編としてUPしましたので、読んでいただければ、幸いです。

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プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

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