FC2ブログ

小林繁の死

いつものようにYahoo!ニュースのトピックスのタイトルを見ていたら、“小林氏急死”、
“江川氏「申し訳ない気持ち」”の文字が目に飛び込んで来る。江川が「申し訳ない」、ってことは、まさか、小林繁?でも、江川が他の小林さんにも迷惑をかけていた可能性もある、とわずかな期待をもって、クリックするが、やはり、我が小林繁であった・・。

 私が阪神ファンになったのは、彼のおかげ。それまでは恥ずかしながら、巨人ファンであった。しかし、79年の小林―江川の電撃トレードで、何の未練もなく、私は(小林とともに)巨人を離れたのであった。
 あの日、NHKの朝のニュースで、トレード決定直後の記者会見の様子が映し出され、小林の目がうるうるしていたのを見て、私も鼻の後ろがツーンとした。学校に着くと、私が小林ファンだと知る、あほ男子たちにからかわれ、思わず泣き出してしまい、クラス一の美人、律子ちゃんが慰めてくれたのだ。多感な中学時代のせつない思い出である。
 
思えば、巨人のことはファンってほど、好きではなかった。一方、阪神にはのめりこんだね。さっそく月刊タイガースを購読し、タイガースカレンダーを部屋に飾り、毎日、新聞の試合結果をスクラップし、選手年鑑を繰り返し眺めるうちに選手全員の奥さんの名前まで覚えちゃったし・・。
また、隣人夫婦がトラキチだったので、私が阪神ファンになったと聞いて大喜びし、神宮や横浜スタジアムの阪神戦によく連れて行ってくれた。朝、挨拶代わりに、私が「佐野が昨日で10試合連続安打ですよね」。なんて言うと、「ゆかちゃんはファン1年目とは思えないほど、研究熱心(?)だ!」なんてほめてくれたっけ。
ただ、私たちが球場に足を運ぶと、阪神は必ず負けた、というかその夫婦が行くと、だったのか?79年、阪神は8月の死のロードを勝ち越して甲子園に戻って来たが、なんとその後、甲子園で0点負けが6試合ほど続き、優勝戦線からすっかり脱落してしまった。そう、その時、お隣のご夫婦ははるばる甲子園球場まで泊りがけで出かけていたのである。
 
小林は阪神に移籍した年、22勝で沢村賞を受賞し、巨人戦は負けなしの8勝。
一度、不覚にも巨人阪神戦があるのを忘れていた、ある金曜の夜。偶然テレビをつけると、小林がマウンドに立っていて、1死満塁!まずはバッター・ボックスの打者を内野フライに抑え、2死になった時のバッターは、確か山本功児だったと思う。2ストライク3ボールから、小林が投げたのは、ストレート、真ん中、はっきりと分かる高めのボール。これにつられて、山本は見事に三振。すごい度胸!と乙女心がしびれたねぇ。

その翌年、運よく、隣人夫婦に連れて行ってもらった神宮球場の試合で小林が投げ、通算100勝をマークした。ウィニング・ボールをかっこよく、バックスタンドに投げ入れた姿が思い出される。

現役引退した後に、事業で失敗して破産した、なんて話も聞いたが、野球は続けていたのね。今年から日本ハムの1軍投手コーチになる予定だった、と訃報記事で知った・・。57歳だって、早すぎるよね・・。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

No title

当時、巨人ファンだった母親も、交換トレードのニュース後『小林が阪神に行くなら、私も阪神ファンになるわ』と言って本当に鞍替え(?)していました。(『巨人ファンじゃなくて、小林ファンだから!』と言っていました・・・笑)

野球をはじめ、サッカーその他スポーツものに疎く(興味ないんです)スポーツ選手のことは(昔も今も)ほとんど知らない私ですが、母親の騒いでるひとはどんな人?という好奇心から小林繁さんを認識。かっこいい人だな―、と小学生ながら思いました。当時の顔、いまでもしっかりと覚えています。

それにしても早過ぎですよね。前日には元気に打ち合わせしていたと聞くと、周囲の人は本当に信じられない想いでいっぱいだろうなと思います。

No title

Saoriさん、

長嶋さんも、申し訳ないことをした、なんて言ってるけど、いまさら何よ、って感じです。あのとき、王さんはきっぱりと球団に対して抗議するコメントを出したのよね、よく覚えているんだけど。

へえ・・・。

江草さん、こんにちは~。

江草さんが、小林繁のファンだったとは知りませんでした。
また、あの「空白の一日」以降に巨人から阪神ファンになったという
ことも・・・。

私は、巨人ファンでしたが、(篠塚のファンでした。)江川卓は、昔も今もどうも?好きになれないんですが、小林繁のことは、3年前くらいにビールのCMで2人が競演していたので、そのメイキングエピソードで空白の一日の詳細を知りました。

その時に、小林繁が江川卓に対して「お互いずっと気にしてたと思うけど、お互いにつらかったよな。でも、僕はあの時も今も君や当時の球団を恨んだりしてはいないから。」と、開口一番に切り出した姿を見て、なんて、器が大きく立派な人なんだろう・・・と思い、すごく好感を持ちました。

また、あの江川卓が、小林氏本人を目の前にして、なかなか言葉が出なかったのを、小林氏は、まるで江川の本心を見透かしていたかのように?さっと手を出して握手を求めた姿もすごいなと思いました。TVでは、オンエアされていませんでしたが、その後に、江川は号泣してしまったそうです。

あの江川が号泣するなんて、よっぽどだったんでしょうね。

そんな小林氏も、人生いろいろあったようですが、本当に有終の美飾って旅立たれたことを、ファンのみなさんは誇らしく思うことでしょう。
早すぎる死だと思いますが、これも潔い彼らしいと思うのは、私だけでしょうか・・・・。

ほ~

マダムかおりんさん、こんにちは。

ほ~、あのふてぶてしい江川が号泣!想像つきませんねぇ。

小林繁は全力投球の人でした、勢いあまって、ボール投げた後、帽子が落ちたりして、それがまた、かっこよかったです。

確かに最後まで潔かったですね。それがファンにとってはうれしいやら、悲しいやら・・。

私も、実は阪神ファンです^^

別のサイトの方で、江草さんが阪神ファンでいらっしゃると知りました。
実は私も、月間タイガース、購読してました。
(月間タイガースのプレゼントで、バースのサイン当たりました!)
甲子園にも、遠い北の地から、見に行きました。

小林さんのご活躍されていた時代は、まだファンではなかったのですが、いろんな思いがおありだったのでは・・・と、感じています。
突然の訃報に、まだお若いだけに、ショックです・・・

阪神ファンだったのですね

Melody021さん、

まあ、阪神ファンだったなんて・・、うれしい。
クリストフ・ウィレムと阪神は何か通じるところが・・、なんてないか。
私も甲子園、行きましたよ、一度だけですが。

嬉しいです^^

江草さん、こんにちは^^
そうなんです!私も、トラキチです!
と言いつつ、最近はちょっと余り試合見たりもしてなくて、トラキチ失格かも!?しれません。

クリストフとタイガース、きっと通じてますね!(←無理やり)
甲子園行かれたのですね!素晴らしい!
六甲颪、熱唱されましたか?
私は、その時に、隣のお兄さんがメガホン振り回して、当たって痛かったです(笑)。

阪神に、江草さんという投手の方いらっしゃいますよね?
もしかして、ご親戚でいらっしゃいますか?
余りないお名前かと思うので、ちょっと気になっておりました。
(違っていたら、すみません・・)

フランスでも、トラキチの方達が沢山いらしゃるのですね~
嬉しくなります!
ここは、回りは巨人ファンばかりで、寂しいです。

親戚ではないのですが

Melody021さん、こんにちは。

そう、江草投手、残念ながら親戚ではありません。
でも、さかのぼっていけば、どこかでご先祖さまがつながっているのではないかと・・。

おすすめ情報

おすすめ情報

プロフィール

江草由香

Author:江草由香
編集者・ライター・コーディネーター。
96年に渡仏し、99年から10年間パリ発日本語情報誌『Bisouビズ』の編集長を務め、同時に日本の雑誌やWebに情報記事、コラムなどを寄稿。
2010年に日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』を立ち上げ、ジャパン・エキスポなどパリで行われる見本市で、日本企業や日本人クリエーターの出展をプロデュース、展示会の企画コーディネートの仕事を始める。
2018年に22年間のパリ滞在にピリオドを打ち、日本に帰国。

『BisouFranceビズ・フランス』
https://www.bisoufrance.com/

個人ブログ『湘南二宮時々パリ』
http://ninomiyaparis.blog.fc2.com/

最新記事
カテゴリ
AI翻訳
コスメ
コスメ
ワイン
ティー
航空券
レストラン予約
フランス語
アマゾン
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード